イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

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2008年9月19日 (金)

Polacy - Oświęcim 2

 収容所跡を出ると、いかにも画になるオッサンがベンチに座っていた。かなり僕の中でハマった光景。帰りのバスを待つ間にカメラを向けた。
 ここで初めてクラクフで習ったポーランド語を使うことになる。
 意外と言えば意外。というのも、とにかくメモを片手に読んで話しかける言葉。それでも聞き返されることなくちゃんと理解されている。やはり教えてもらったのは完璧に通じるポーランド語であった。中途半端に母国語でない人から教わるより確実にいいようだ。

 片方のオッサンは杖を持っていておとなしかったが、もう一人は話しかけられたことに嬉しくなったようで、はしゃいでいた。かなり愛想ふりまいてくれて、片言のイタリア語すら出てきた。かなり友好的で、元気のいい方のオッサンとはハグするような感じで抱擁した。



2008年9月18日 (木)

les Français - Auschwitz 5

 あまり時間も人もいない中、とりあえず親子の声をかけてみた。やっぱり巡りあうのはヨーロッパの人。この景色をバックに撮っていると、二人の画が色濃く見えてくる。当たりもソフトなフランス人。それが当たり前のことであればいいのに。


2008年9月17日 (水)

Österreicherin - Auschwitz 4

 だんだん閑散としはじめ、日も落ちかけてきてきた。このくらいの方が場の雰囲気を味わうためには良かったような気もした。なにせ学園祭の展示コーナーの羅列かのような感じすらしたから。
 訪れる人は多く、韓国人も見かけたが大抵はヨーロッパからのようだった。そんな中の一人に声をかけてみた。


2008年9月16日 (火)

突きつけられた「生の壁」 - Auschwitz 3

 刑務所の横には「死の壁」と呼ばれる壁がある。収容者はその壁を背にして銃殺されていた。そこには来訪者からの花が手向けられていて、そしてこの日の空は青い。いろんな国の人がたくさんいるはずなのに、物静かな場所である。

 数年前に台湾に行ったときのこと、通りを歩いていて年配のオッサンが日本語で話しかけてくるのだ。歴史をよく知らなくても戦時中に日本語を習ったからということはすぐにわかるが、それを考えると日本人の心として普通に何とも言えない感覚に陥ったものだ。気が引けるような感じ。僕は別に彼らに何も悪いことをしたわけでもないし、彼らも戦争の話しなどなしで、なんでもない話をしてくるのだ。しかしあの時のあの感情は不思議なものだった。

 自国の戦争について考えることなど、いまの社会の中にいて、そういう機会はあまりないこと。しかし絶滅収容所に行ったことで、日本が過去に行ってきたことが自分の感情をも左右しているんだ、と考えさせられた。
 戦争なんて極論、自分には遠い話しでイメージできないこと。それをいまだに関わりのないはずの自分にまで影響を及ぼされる事はない。そう思っていた。
 靖国参拝の問題も、中国や韓国からいまだに戦争責任について問いつめられているのも、彼らの体制のせいだけではなく、日本人の自覚も足りなかった歴史。そんなメンタリティをいまだに引きずっているからではなかろうか? サムライの心を忘れたズルい社会のままでいいのか?

 惨殺が日常的に行われていた地に来て、その跡を目の当たりにしたことでようやくわかったこと。戦争や殺戮云々という話しでもなく、自分の他者への関わり方を問われているんだろう。人間の心など弱いし、想像力なんてたかが知れている。そんな生き物がどう生きればいいのか?


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2008年9月15日 (月)

収容者の遺品 - Auschwitz 2

 建物の内部はきれいに管理されていて、地図や写真、資料などがたくさん展示されていた。殺害された人々の灰が入れられた容器が置かれていたり、当時の宿泊部屋、トイレ、洗面所、収容者のクツや服、髪の毛、メガネ、食器などなど、子供のものまでの諸々があった。
 敷地内の刑務所の地下には、立ったまま入れられる牢屋もあり、入ろうと思えば入れたが、そこに入れられて亡くなった人の想いを感じ、その暗さも手伝って入ることはできなかった。牢屋の壁には収容者が殴り書きした跡もあった。読めるようなものではないが、リアルだった。この地下ではチクロンBというガスを使って、捕虜や病院の患者で集団虐殺の実験が行われたという。

 収容者の虐待は日常で、ナチスの強制収容所では人体実験が行われていた。そして同じ枢軸国の日本軍でも中国にて731部隊による人体実験が行われていた。戦争裁判ではそれぞれの裁かれ方には対比が見られた。ナチスの人体実験が裁かれる一方、日本軍は人体実験のデータをアメリカに提供することで東京裁判でも裁かれるのを免れた。それはアメリカも行っていた人体実験の参考にもなったからだろう。ニュルンベルク裁判も連合国による一方的な問題のある裁判だが、その裁かれ方の対比がその後の歴史を作り出していると思える。

 連合国は敗戦国を一方的に裁くことで、敗戦国が戦争で犯してきた罪をそのまま彼らに行っている。要するに同じ制裁をくわえているということ。それは原爆投下にも言えるだろう。戦勝国というのも、その戦争をしていることの本意ということから外れてはならない。
 ナチスは罪の大きさに対して大々的に裁かれ、それはヨーロッパ諸国にも大きく影響を与えている。ドイツが人権社会として復興して変わっていったのには、この背景が及ぼしている。
 対して日本も東京裁判で裁かれはしたが、731部隊の件を隠蔽することができたのは、その後の日本の社会の体質を象徴していやしないだろうか? いまだに死刑が執行されているのもシステムの問題もあるものの、無くならない背景には裁ききられなかった影が落ちているのでは?


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2008年9月14日 (日)

アウシュビッツ - Auschwitz 1

 やはりこちらのアウシュビッツは人で溢れていた。先に行ったビルケナウは閑散としていてよかった。ここの施設はポーランドの兵営だったというのもあり、博物館化されていてきれいだった。ビルケナウから来たら当時のリアルさはまったくなかった。そういう意味では先に来た方が心理面ではよかったのかもしれない。

 グルジアやコソボにも象徴されるような領土問題にしても、中国国内のことが明るみになっているのもあるし、イタリアでも日本でも権力を握っている人の意向一つで自分の生活が変わるのは事実。それはよく考えても見れば恐ろしい話しで、逆に言えば自分が独裁的になる可能性もゼロではないということ。被害を被ってしまうのはいつでも一般の民衆であって、その民衆も力を合わせて立ち上がることもできるが、大抵は民意が反映されているものではない。

 ナチスが行ったホロコーストはその究極を実行してしまったもので、広範囲に及んで大々的に被害が出てしまった。それが恐ろしいほどによく見える博物館であった。ここにあるドクロマークもタイムボカンのものではなくリアルなものである。むしろタイムボカンから知った僕としては、あれがパロディだと思うとそんなことおぞましくなる。あれを真の恐怖に感じおののいていた人々がいたのだから。


Auschwitz-Birkenau State Museum, Poland

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2008年9月 8日 (月)

オシフィエンチムへ - Oświęcim 1

 夜が明け、朝一で駅へ向かった。窓口も何とか開いていたのだが、どうにも手際が悪く、イタリア人よりも聞き分けのないオバちゃん駅員たちだった。トラブりながらも手に入れた切符を手に疾風のごとく走る。階段を上りホームに着くと出発の笛。「待ってくれ〜!!」女子の車掌にしがみついて、飛び込みで間に合った。
 この日はとにかく時間的に余裕が欲しかった。なぜなら目指すは夢にまで見たアウシュビッツ。時間をかけてゆっくり味わっていきたい。1日費やしても足りるかどうか。子供の頃から興味は尽きなかった。「独裁者」「ライフ・イズ・ビューティフル」「遥かなる帰郷」などの映画やテレビのドキュメンタリーで知識はたくさんあっても、心に宿るものまで自ら訴えかけないといけない。
 駅に着いても収容所への案内等はなく、バスも行き先がわからず、地図を見てもまったくわからない。地元の人もあまり知らないようだったが、ある程度の道のりを聞いて、先を進むと標識の看板が出てきてまっしぐら。知識欲と好奇心、不安も入り交じっていた。



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