2006年8月25日 (金)

スロベニア訪問のホントの理由 - Ljubljana 18

 なんとか昼食を平らげることができて満足。そして残りわずかながら最後に絶対にやらなくてはならなかった事が一つ。なぜスロベニアに来たのか? スロベニアは世界で最も女性が美しいと言われている国である。そんなスロベニアの女性を見ずして帰れるか! というか見るだけなら、じっくりと見てきた。でもホントはスロベニア美女にこそインタビューをしてみたかったのだ。
 しかしどう頑張ってもそんな余裕など僕にはすでに残されていない。であるならばスロベニア美女を写真に収める事くらいかなえてあげて欲しい!! 道行く美女を撮るのも違和感がある。かと言って声をかけてわざわざ撮るには時間がない。ならば店員だ。働いている女性を撮る事なら、何もおかしい事などはない。となればすぐに目が泳ぎながらもターゲットをあっという間に絞る
 そう、ターゲットは夕べの癒し系ライブをやっていたバールの女の子。遠目からバッチリと正面写真を撮らせていただいた。ちょっと消化不良のスロベニア美女インタビュー挑戦記でした。
 帰りの電車に乗る前にコンビニで腹ごしらえ用の戦備品を整えつつ、現地通貨を吐き出す。経由地ヴェネツィアのメストレでは疲れを癒すための中華 (やっぱり疲れたときには日本人はご飯が一番) をガッツリ食べて、もう少し続く長い旅路を締めくくろうとしている。


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2006年8月24日 (木)

Allegria - Ljubljana 17

 モランとは別れを告げて、久々に一人だけの自由な行動に出られる。最低限のノルマも最低限でとどめて、残り時間わずかな中を、ウマいレストラン探しに奔走する!!
 夕べはとにかくまともに見つけられなかったのだから、いままでとは別の地域に繰り出してみる。イタリアでも見ないような、日本の国道のように広い通り沿いを歩いてみる。もう時間的にランチは終わっているので、食えるか食えないか? 賭けみたいな感じで昼食を求める。
 ファミレスのようなところを見つけ、とにかく入ってみる。ご飯が食べたくてきているのに「何の用だ?」と言わんばかりの応対の店員。なにやら仲間内で地元の言葉で話し合った挙げ句「NO!」だったらさっさと応えろよ、時間ないんだから!!!
 とやはり仕方なく中心街近くに戻ってみると、日曜ということもあり、なかなか見当たらない。と、そこにまた看板が!! 矢印が示す方向につられていくと、なんとまだ余裕でご飯が食べられるレストランを見つけた。しかもシャレた感じのする 

Bruschetta toscana
Cream or Beef soup
Beef slices on rocket, Ravioli
Salad
Dessert
Acqua
6.68ユーロ (セットメニュー) + 1.04ユーロ (水)

 ランチでこれだけ食べてたったの 7ユーロ。これをイタリアで食べるとすれば 1.5〜2倍はするだろうか? とりたてて美味しいわけではないが、決してマズくはないし、サービスもOK。ファーストフード感覚のような感じもあるけど、レストランである事は間違いない。ここはオススメ



Allegria
Nazorjeva, 8
Ljubljana - Slovenia
+386(0)1.426.7402

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2006年8月23日 (水)

チョコレートにも負けた - Ljubljana 16

 彼女の昼食が終わり、腹を空かした僕をそのままにしてマーケットへ向かう。オシャレ好きなのか、アクセサリーを売り子にたずねながらじっくりと見て回る。いろいろと回っていく中で「アメリ」に出てきたような小さな小物入れの缶が欲しいんだと言う。もちろんここにもアンティークなものは並んでいるわけで、ヨーロッパを中心とした旧共産圏が主な、コイン紙幣が並んでいたりする。新旧あわせた国旗などのシンボルバッジワッペンなどもたくさんある。
 ふと彼女が手にする缶に、台の向こう側のオヤジが話しかけてくる。彼女は当然スロベニア語が話せるわけで、それでも僕と一緒にいたせいか、オヤジは一生懸命英語で話しかけてくる。僕がイタリアでイタリア語で話していも英語で返されているようなものだ。彼女の表情も困惑気味で、実際頭がこんがらがっていたという。オヤジは途中、明らかにイタリア語で話していたりもしたので、逆に僕が訳してあげたり。先入観とは端から見たら面白いのかもしれない。
 夕べ寝ようとしていたマーケットの台の並んでいたところの近くに、水飲み場があった。彼女はおもむろにさっきのエビアンを取り出し、洗って水を入れていた。普通に平気な顔をしてやっていた。
 さて彼女がしきりに言っていたチョコレート。「私はチョコレートがなくては生きていけないのよ」とまで言い切っていた。日曜だから開いているスーパーなどほとんどないのに、それでもどこが開いているか思い出してしまった彼女にさらにひきずられる事に。。
 そしてそのまま駅まで連れて行ってくれた。彼女の家は駅の反対側。僕を駅まで案内して家に戻るつもりだったようだ。摩訶不思議な出会いだった。このときまでお互いの名前すら名乗っていなかった


Compfused.com
ネコ vs ガムテープ

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2006年8月22日 (火)

僕は用なし? - Ljubljana 15

 川沿いのベンチに戻る。彼女はカバンをごそごそと探る。妙なリアクションをするとともに、ぬれた果物を取り出す。虫がたかっている洋なしを取り出した。それにはさすがに彼女も「shit!!」と言っていた。でもやっぱりたくましいと思わさせられるのは、水飲み場まで行って洗って口にしていた事だ。恐るべし執念。日本人にも欲しいものだ。そしてしばしの時間、会話を楽しむ。
 まったく他愛のない話ばかりが続く。ますますお腹がすいてくる僕の横で、腐った洋なしにかぶりつくモラン。図太い神経の持ち主である。14:00 すぎには仕事があるから、それまでつきあえると言っていた。いずれにせよ僕としては彼女と出会ったのも何かの縁なので、しばらくはつきあうことにしていた。


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2006年8月21日 (月)

驚愕のペットボトル - Ljubljana 14

 彼女の声は小さくて聞きずらかった。それでいて流暢で早い英語だけにかなり聞き取りずらかった。英語はバラエティなどのTV番組を見て、決まり文句などからを中心に勉強したという。そんな方法でこれだけ喋れるようになれば大したもんだ
 この近くの公園で屋外の写真展をやっているという。やはり地元の人間を味方につけると強い。もう彼女の言われるがままに動いた。中心からちょっと歩けば広い公園が出てくる。
 ここではミラノでも見た事のある、世界各地の不思議なくらいに美しい現象を撮った写真が、クローズアップされて道の両端に並べられている。ミラノのときはホントに世界各地だったが、ここのはスロベニア、中国、モンゴル、中東など、地域が限られていたようだった。もちろん日本の写真はなかった。しかし驚いたのは彼女の言う言葉だった。必ず一つ一つの写真に自分なりの感想を言う。「ここはとてもきれいなところだから今度スロベニアに来るときは行きなさい」「この写真は遠目で見るといい」「この色がバランスがとれていてとてもいい」「何か別の何かを象徴したもののようだ。何だと思う?」写真に限らず、表現をする人間でないと口にしないような事も言っていたのが印象的だった。
 街に戻る途中、美術館や博物館やセルビア人の集まりなど、どこに何があるかを教えてくれた。僕は夕方には帰るつもりだったが、また来たときのためにもいろいろと教えてくれる。
 スーパーに立ち寄る。もう昼も回ろうとしているから僕はレストランに行きたかった。でも彼女はどう見てもレストランなどに行くような気配などない。ビールとお菓子を買っていた。スーパーを出て少し歩くと、エビアンのペットボトルが置いてあるのを見つける。何を思ったか彼女はそれをしげしげと見つめカバンに入れる。水を入れて再利用できるというのだ。絶対に日本人にはない観念。ちょっと驚いた。


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2006年8月20日 (日)

映画にあるような出会い - Ljubljana 13

 夕べの寒さがウソのように、太陽がさらに暑くさせている。上着を脱いで半袖になろうとベンチに腰掛ける。ちょうどいいので休息もとる。一人、川を眺めながら物想いにふけろうとしていた。短いはずの旅が妙に長く感じるのは、夕べの出来事が大きく、言ってみればいまの自分の人生そのものを体現していたのではないだろうか?
 なんて事を考えるや否や、後ろから何事か僕に語りかける声が聞こえてくる。日本でいうならば、なかばナンパされたようなもの。
 名前はモラン。イスラエルからスロベニアに学生として住んでいる女の子だ。いまは学生だが、いつしかこの街で働きたいという。僕がイタリアにいる事を告げると、どうしたら働けるのか? 興味深げだった。彼女はここリュブリャナが好きでリュブリャナで働いて生きていきたいようだった。
 僕が日本人であることを言っても、日本が経済大国であることをよく知らないようだった。僕は僕でイスラエル人と知り合える機会など、まずないことだから面白い出会いだと思った。昨日のカタリーナにしても今日のモランにしてもベンチがきっかけでの出会いだ。
「映画にあるような出会いなど滅多に」あるもんである。その後は活かすも殺すも自分次第。誰かが書いたこんな詩がある。「見知らぬ街で見知らぬ君と出会っても、僕は君を知っている


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2006年8月19日 (土)

ぬいぐるみ - Ljubljana 12

 その先へ進むとへんてこなぬいぐるみが出てくる。「何のイベントだ?」と思っていると川沿いに風船を渡しているコンパニオンみたいなのがいる。この辺は街の中心の広場があり、やたらに子供が集っていた。この日は日曜でもあり家族連れで人出も多かった。
 このままいくと何もなくて帰らざるを得ないような雰囲気になりそうにも思えてきていた。それでも最低のノルマは一人。どこでも必ずクリアしてきた。のんびりしていながらでも、チャンスはどこかで訪れるような気はしていたので、不思議とあせりはなかった
 ぬいぐるみとじゃれる子供たちと別れを告げて、マーケットと反対岸の川沿いを歩く。


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2006年8月18日 (金)

花売りの・・ - Ljubljana 11

 街にさしかかるところまで来ると、僕にとってはもうすでにおなじみの風景が現れた。ここからはどこがどうなっているかほとんどわかる。人通りもまばらだったが、川沿いまで来ると人が溢れんばかりにいる。マーケットが出ていたのだ。
 そんなマーケットを尻目にポストカードピンバッジ探しをすることにした。街の中心には観光案内所と値段の高い記念品売り場がある。そこの橋の反対側にはタバッキがあり、ポストカードは明らかにタバッキの方が安かった。どちらにもピンバッジはなかったので、どこで手に入れようか考えあぐねていた。中心と反対側に行ってもマーケットは連なっていた。ここは夕べ寝ようとしていたところ。国旗の入っているTシャツが売っているところがあり、店の兄さんに聞いてみると目の前に売っていた
 橋の方に戻ってくると「街の灯」に出てきたような花売りの少女ならぬ、スラブ系のおばさんが座っていた。それでもなんとなく画になるように見えて、撮ってしまった。


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2006年8月17日 (木)

どこかで見た風景 - Ljubljana 10

 城は自由に入場できた。城は何層かに分かれていて階段で上下移動できるところもある。お土産屋、喫茶店、トイレ等が集まる。城自体もきれいに修復されていてオシャレな感じすらした。城のオープンエリアは城というよりも完全に憩いの場。日の光が強く差し込んできて、恵比寿あたりにありそうな空間である。
 隅々まで探ってみると、やはり時代を感じさせるような古い空間も出てくる。とはいえ工事をしているところも多く、あまり入り込めるところもない。城の塔の上にも行けたが、ここは入場料が取られるので行かない事に決めた。その塔の上への入口付近に城付きの教会があったので入ってみた。教会は恐ろしいほど美しかった
 土産物屋を眺めているとやはり龍の像マークのものが何点かあった。そして今度は丘を反対ルートから下っていく。乳母車を押しながら登ってくる夫婦。晴れ上がった空のもと、ハァハァと汗をかきながらさらに上を目指していた。そんな人を横目に、僕は壁の向こう側に見える街並を撮っていた
 どんどん下へと降りていくと、南米辺りで見たような風景が見えてきた。地元の人同士で立ち話をする様子。犬が走り回っていたり、窓の外側を掃除しているおばさん。ふと目が合って、笑顔になる。そんな日常をカメラに収めたくもなるが、それなしで笑顔が交わせた事を思うと、このシーンは頭のカメラだけでとどめておこうと決めた。



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2006年8月16日 (水)

美しい街並に魅せられて - Ljubljana 9

 眠たい目をこすりながら、いかにもオシャレな店が並んでいそうな通りを歩く。ここ 2日、夜しか街を歩いていなかったから気がつかなかったのか、ここの通りは中心街とつながっていた。もちろん日曜日の早朝でどの店も閉まっている。外から見て屋根裏部屋があるのがわかる建物が並び、この街の一つの特徴のようだ。通りの切れる交差した道の先には橋が見え、橋には夕べも見た龍の銅像が建っている。そしてその先には丘の上のお城がそびえ立つ、ナイスランドスケープ
 天気はよく晴れ上がり、夜の寒さもどこえやら。いつの間にか眠気も忘れて、地図を眺めながら城の方向へ向かう。道をすれ違う外人に「ハロー」と言われ、とっさの出来事に声を失ってしまったが、気にせず前に進んだ。工事中の横の細い道を行くと、急勾配が目の前に重なる。「ウオッ!!」いまのこの自分の体には拷問のようにすら思えてくるが、これをクリアーする事にまた快感を覚えようとする自分もいるわけであり、帰りの事など考えず、ただただ前を見つめていた。
 リュブリャナの中心にある橋からこの城を見ると、まるで目の前の建物の真上に城があるかのよう。こちらは近代的な街並なのに、崖の向こう側にはすぐ上に城があるようで、街の構成が異様にも思える。城に登ればイタリアの塔の様に街を見下ろせてきれいな景色が眺められよう。ヨーロッパによくありがちな坂道をせっせと登りつめる。
 間もなく城が間近に見えてくる。そして眼下に広がるリュブリャナの美しい街並。川の流れに街が一緒についていくかのようで、そのなだらかな感じが心に優しさを与えてくれる。城のまわりからはいくつもの道が出ていて、数ルートからこの場所まで来れるようだった。僕の来た反対側からは逆光の街が見渡せた。
「ハロー」また声をかけられたかと思えば、さっきと同じ外人だった。ちょっと風変わりな感じがしたので、返事をしない様にしてみる。



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2006年8月15日 (火)

まだまだやらねば - Ljubljana 8

 あと寝るのに適当な場所はどこだろうか? 街のあらゆるところをさまよい歩き、寒さをしのげる建物の陰などを見ながらも通り過ぎて行った。夜中に人が集うところと言えば? 可能性があるのは駅だ。駅の待合所に行ってみるが当然開いているはずもない。待合所は 5:00をまわれば行けるとして、せめてそれまで過ごせやしないかと、ホームやわずかな地下街もある連絡通路のある方へ向かう。連絡しているだけに通路はやけに風の通りがよく、寒さしのぎなどには向いていない。と、そこで目に入ってきたのがエレベーター。決して寒くないわけではないが、風が吹くことはないし、この時間に人が利用するはずもない。いままでの行程に比べればかなり落ち着ける空間を手にすることができた。
 冷めた目で僕を見る輩や、バカにして大声を発して通り過ぎて行くものいたが、エレベーターに入ってきて邪魔するものはいなかった。寒さが睡眠の妨害をしていたもののの、わすがながら休む事はできた。やがて 5:00を過ぎ、待合所に向かう。待合所には人がたくさん集まってくる。純粋に電車を待っている外人や、遊びあけの若者。イタリアでいうリスカルダメントと呼ばれる暖房設備がきいているのかいないのか。寒さは止まない。リスカルダメント近くに座ってみるが、日中になれば暑くもなるこの時期に暖房などかけるわけもないのか?
 切符売り場のある公共の空間に移動する。ここなら座る場所はないが職員などがいるゆえ暖かく、寒さしのぎには不自由しない。あちらこちら場所を変えながら、空間のかどや壁にすり寄りながら座って時が過ぎるのを待つ。変な格好をした様々なオヤジがウロウロしている。出入り口で出たり入ったり、立ち尽くしていたりすると、外の寒気が入ってきてむかつく。
 両替所が開く 6:00に両替をし、マクドナルドのオープンする 7:00まであともう少し待機。7:00を少し回って待ちに待った入店。朝一でコーヒーを飲み、これまでの疲労を癒す。気がつかないうちに寝ていた。頭がコーヒーの中に入って熱さに気がついて目が覚める。気がつけば自分ひとりしかいなかった。
 こんな最悪のコンディションであろうと、今日も最低のノルマは一人。こんな無茶を続けられるのもわずかだろう。伸び伸びとやりたいようにやらせてもらう。帰途に着かなくてはならない夕方までの行動をイメージしていた。まずは夕べ暗い中見つけた商店街のようなところと、丘の上のお城に行くことにした。


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2006年8月14日 (月)

救われる事のない道中 - Ljubljana 7

 いくつかマークしていた宿を訪ねてみるが反応もなく、どこもすでに受付は終わっていた。今晩の宿の確保はあきらめ、あちこちを歩いて時間が過ぎるのを待つことにした。街の中を歩いてもどこもほぼ閉まっている。日中は暖かいのに夜中になると真冬のような寒さがよみがえってくる。野宿するには適当だとチェックしていたバスの停留所の長いベンチに戻る。きっとここで一夜を明かすことになるのだろうと思っていた。が、仕切りの間から吹いてくる風が異様に冷たく、上着のない僕にはその寒さで目が覚めてしまうのだった。人通りは少ないものの、横目に見る若者は馬鹿にするように言葉をかけてくる。
 ここが一番落ち着くかと思いきや、あまりの寒さにゆっくりできない。夜警などに見つかるのも嫌だった。よく見れば道の向かいに電話ボックスが立っていて、寒さしのぎにはいいだろうとそこに入ってみた。当然四方は仕切られているのだが、下は通風口のようにスースー風が通る。それでもベンチよりはましだった。朝買ったお菓子の箱を尻に敷いて、ぎこちないながらも少し落ち着けた。やはりそれでも寒いのは事実
 少し睡眠は取れたものの、落ち着く事もなくボックスを立ち去る。しばらく歩くと戸の開いたアパートがあった。寒さしのぎだけならこの玄関口に座っているのも悪くはない。でもやはり居心地の悪さにきゅうくつさを覚える。もう少し歩いて橋の方に向かうと、橋にはこの街を象徴するような龍の像があった。
 活気はまだあるのか? 中心の方に向かってみる。リュブリャナは川を中心にして街が広がっている。その川沿いを歩いていると教会が見える。でも開いていない。通りの横の地下に続く道を見つけたりしては、そこで寒さしのぎができないか考えたりしていた。その先にはマーケット用の台が重ねて並べられている。片付けられているものの、均等に並べられていた。台の下には横になるのにちょうどいい空間があり、風の通りがよくて寒気がするもののしばらく寝てみた。それでもやはり寒さはこたえる。床の固さと街灯の明るさと台の間隔から人に見られてしまう鬱陶しさに、ここで寝る事に数分で断念することにした。
 街を歩き回り、どこで休むかを考え、時間が過ぎるのを待ち、時計を見るがこういうときに限って時間の進みは遅い。それでももうすぐ 3:00になる。中心街に戻ってきて、まだ開いている店はないかと探してみる。すると明かりが灯っている店を見つけた。重量のある機材を担ぎながらの時間潰しの散歩に、疲労と眠気を加えた寒気が体にキツく当たってくる。そこにわずかな安心感が訪れる。店に近寄って行くと、あと数分で閉まる表示があり、客も店内から出てくる。押し寄せる失望感。教会ですら寝ることもできない僕は、いったいどこへ行けば救われるのだろうか?

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2006年8月13日 (日)

とめてくれ!! - Ljubljana 6

 この日だけでどのくらい歩いたのか知らないが、まだまだ宿まで 30分は歩かなくてはならない。昨日と同じ通りを行く。腹ごしらえをと思い、夕べ恐れていたコンビニに入ってみる。現地通貨もあとわずかしか残っていない現状でパニーノを手にしてレジへと向かう。片言の英語で「温めるか?」と聞いてもらえる事に幸せを感じる。その言葉が温かかった。ユーロを差し出すと、ここはトラールしか使えないという。ポケットを探ればギリギリ間に合ったからよかった。つい2週間前にスロベニアは来年から通貨にユーロを導入することが決まっていた。それでもまだすべてに流通はされていない。なんだか「母を訪ねて三千里」の世界にいるかのようだった。
 コンビニからすぐに宿が見えてくる。なんとなく気持ちはホッとしてくるものだ。敷地内に入りドアを開ける。受付には誰もいない。横の方に集まっていた客人たちのような人々の中から一人、女性がやってくる。もう夜中である。
「泊めてくれ」
「今日はもう予約で一杯だから無理よ。ごめんなさい」
「!!」
 なんと! もう明日になるというのに、この非情さ。そのへんの椅子にでもゴロンと転がさせてもらえるだけでもいいというのに。あっという間の出来事に追い返され、来た道をそのまま元に戻る。
 どうしたものか、次なる手だてを考える。素直にホテルに入るか。もう少しユースホステルを訪ねてみるか。朝まで開いている酒場にでも入るか。駅に転がり込むか。民家の敷地内に転がり込むか。ただ単純に野宿するか。
 こんな夜中遅くに歩いていると、デジャブのように以前経験したことがあるような気がしてきた。そう、それはイタリア国鉄のせいで乗り換え接続がうまくいかなくて野宿せざるを得なかったフィレンツェでのこと。あのときもオレンジの明かりの下で途方に暮れていた。


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2006年8月12日 (土)

オープンライブ - Ljubljana 5

 あたりはまだ明るさが残ってはいるものの、すでに 20:30 をまわっていた。宿はもちろん、腹ごしらえもサッとすませなければ危険な時間帯となっていた。最悪、夕べのユースホステルに泊まるとして、適当なレストランを探していた。リュブリャナは中心地自体はとても小さく歩いていればすぐに全部を巡ってしまえるほど。どこも人が多く、ゆっくりとできそうなところはなく、ファーストフードなら簡単便利に終わらせそう。それも素っ気ないのでできるだけいいレストランを探してまわっていた。すると一つ星のホテルの標識が。それにつられて道を進むが、何も見つからず途方に暮れていた。
 中心ではオープンになっているバールでライブが行われていた。ライブといっても演奏されているのは独特なもので地元の民族音楽なのか? ロシア民謡みたいな感じの、癒し系の曲が聴かれた。なんとなくその旋律に心地よさを覚え、外野で座りながら聞き入っていた。しばらくしてまた街の中を歩き始めると、ファーストフードの店ですら閉まりかかっていた。やがてレストランも開いているところを見つける事が困難になってきて、いつしかあきらめざるを得なくなっていた。


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2006年6月 3日 (土)

宿迷路 - Ljubljana 4

 夏時間だけに夜明けは早い。明るくなるのが早ければ、自然のままの僕の体は目覚ましなどなくとも明かりに反応して目も覚めてしまう。8時半にはクロアチアのザグレブ行きの列車が出発する。それにあわせて宿を出る必要があった。街からの時間を逆算して遅くとも出なくては行けない時間は把握していた。
 リュブリャナの夜は寒かった。洋服のまま毛布一枚だけで寝ていた僕は、風邪でもひいたような錯覚に陥っていた。距離的にイタリアから近いとはいえ、朝夜は真冬のような寒さにまでなる。ベッドを降りると下で寝ていた2人は、一つのベッドで一緒にくるまって寝ていた。
 すでに朝食をとっている人たちがいた。レセプションで夕べの女の人を呼び出す。彼女の英語は早い。そういえば夕べの街のインフォメーションの男もやたら早口だった。なんとか意味は理解できるからいいものの、僕のへなちょこ英語では追いつくのがやっと。
「一泊だけ?」と言われ「イエス」と即答。やはり一人部屋の方がいいから他の宿をとる余裕を持っておきたかった。朝食付きで17ユーロ、なしで14ユーロ。金額は問題ではなかった。腹はあとで満たすとして僕は街に出なくてはいけない。というわけでここでもユーロで支払いができた。釣りはトラールだけど、現地通貨はいらないんじゃないのか??
 夕べ歩いた夜道がウソのように薄曇りの通りは見晴らしがよかった。宿に置いてあったリュブリャナのパンフを見ると、星の少ない宿が他にもあることがわかった。僕は迷わずそこに向かった。
 イタリアのすぐ隣りの国なのに、家の作りはかなり違う。いろんな国に訪れる度に思うのは、スクリーンの向こう側にあったものを手にしていることは現実と対面しているということ。これは想像ではなく現実。こうやって肌で感じることでわかることというのはたくさんある。ここには数年前まで存在していた権力構造が残っている。
 2つ星のホテルを見つけると少し敷居の高さを感じさせる姿の客が出てくる。「一番安いのはいくらだぁ!!」とたずねると「60ユーロ!」ありえるかっ!! レセプションの男は僕を見るなり吹っかけたに違いない。呼び止めようとしていたが知らん振りをして出てきた。見た感じ相応のホテルではあるが、アホくさくて払えるわけない。もう野宿でもどうでもいい。とにかくザグレブから戻ってきてから決めよう。とにかく駅へと向かう。
 時刻表が見にくい。イタリアと違うのは当然だが、それにしても見にくい。とにかく往復の切符を買ってタイムテーブルをもらうことにした。ザグレブ14:00発が16:00着。宿を探すにはちょうどいい時間帯だが、ザグレブを発つには早すぎる。次のはザグレブ18:00発が20:30着。これだと宿を探せないがザグレブで時間はたっぷりと取れる。いずれにしてもどの電車に乗ることも可能なので、まずはコンビニへ朝食を買いにいった。
 見た目いかにもまずそうな何種類かのハム入りパン。オレンジの入ったチョコレートかけのクッキー。ブルーベリーのジュース。なんだか日本と同じだなぁ。スイス発ベオグラード行きの列車に乗り込む。ベオグラードなんていうとイメージすらわかない遠い国の都市にすぎなかったけれども、自分の乗っている電車がそこに行くという。なんだか「ライフ・イズ・ビューティフル」のアウシュビッツ行きの電車を思い起こさせられる。ベオグラードという響きが何となくかっこ良く感じた。意外にもミラノもリュブリャナもベオグラードと姉妹都市だったりする。機会があったら行ってみたい。
 意外においしいパニーノを口に、車窓の向こうの景色に見とれていた。森林に満ちあふれた自然の前に言葉をなくした。川沿いを走る電車。削られた山の雄大さ。「こんなところでロケできたらなぁ」なんていう贅沢をいつも考えてしまう。
 少しでも宿への不安をなくそうと、リュブリャナのパンフに出ている宿を探す。安宿に電話してみると満室。他はドミトリーしかない。半分ドミトリー覚悟の上でリュブリャナに戻ってきてから探すことに決めた。


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数年前の人々の名残り - Ljubljana 3

 もう夜も遅く閉まっている店も多い中、それでもまだフラフラしていた。いかにもハリウッド映画に出てきそうな民衆の集うバーがあった。ダーツをやってはしゃいでいる。なんだか適当にバカ話でもして仲良くなったら、地元の情報でも手にできそうだけど・・。予約すら取っていないのに遅くに飛び込みというのもどうか? と思っていたので、とにかく宿に向かうことにした。
 歩いても行けそうな距離だったからバスに乗ることもせず、地図だけをたよりに歩を進める。知らない街、夜中に身を守る手段すら知らない男一人、人通りのない暗い道を孤独に行く。中心街から離れると古ぼけた建物も目にするようになる。うっそうとした悲壮感ただよう壁、鉄格子のない窓、割られたガラス。太陽があまり見えない土地だけに、希望も見えない感じが不安をいっそう高めているような、一昔前の人々の息づかいが聞こえてくるようだった。映画「グッバイ、レーニン」で見たようないかにも旧社会主義国の名残のような建物が、恐怖感をあおらせてくる。なんてことを考えながら進んでいると、なんだか国道1号で見たような気のする日本に近い風景も目の当たりにしたり・・
 走る車から若い野郎どもが「キーナ!! (きっと中国人のこと)」と叫んでくる。言葉もわからないから集団に何されるかわかりゃしない。なるべく無視するようにそそくさと歩いた。コンビニを見つけると若いヤツやおっさん、みな男ばかり僕の方を見ている。もう0時をまわり危機感は最高だった。早足であともう少しの宿へ飛び込む。
 地方の平地にポツンとある新しい建物。部屋には明かりがともっているもののあたりは真っ暗。宿の前には2人。車が出発しようとしていた。どこが入り口かよくわからなくて探していると、でかいリュックを背負った2人に、車に乗っていた女の人が声をかけていた。
 女の人は宿の管理人で、僕ら3人をギリギリのところで拾ってくれた。3人のパスポートを回収し、カギだけを渡され「あとはまた明日ね」とだけ言ってさっさと帰ってしまった。「自転車」と書かれたカギ。トレーニングルームか? あとの2人は女の子だしドミトリーとはいえ同室はないだろう。などという儚い予想はくつがえされる。「自転車」と書かれた扉を見て4人部屋に入室する3人。顔を見合わせて笑うしかなかった。何語を話しているのかわからない彼女たちと話すこともなく、滑り込みでベッドに横たわれた幸せをかみしめて明日を夢見る。



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Julija - Ljubljana 2

 とにかく腹を満たすものがある所を見て回る。少しくらいコストがかかってもいいものを食べたかった。見た目雰囲気のいい店に入る。店頭のメニューに目を通すとユーロも併記されている。これはユーロ圏から来る人への配慮なのか、支払いできるのか? 考えつつ足を踏み入れると、僕よりも半歩先に入っていった3人の男がウェイターとイタリア語でしゃべっているではないか!! やはり土地柄イタリアからやってくる人も多いのだろう。メニューを見ても英語とイタリア語が併記されている。
 ここはまったくのイタリアンレストランのようで、スタンダードなイタリアンが出されていた。それでも物価が安いのか、料金は低い設定だった。というよりイタリアが異常な物価高である。僕が注文したのは海鮮スパゲティ。リゾットやタリアテッレも選べた。レストランならイタリア語の方が話しやすいと思いイタリア語で注文すると、ウェイターが驚いたのか? ちょっと変な顔をしてひっこんでいった。スパゲティが出てくるまで待っていると、イタリア語があちらこちらから聞こえてくる。僕のまわりは見事にみなイタリア人だったようだ。
 出てきたスパゲティは海鮮でもタリアテッレで出てきた。ヘタにイタリア語を使ったもんだからウェイターが聞き間違えたのだろう。気にしないですすり食べた。

「味がない」

 やってしまった!! マズくはないが味がない。パスタに塩と胡椒をかけて食べるなんて、そんなアホなことさせるのか? とりあえず今日を越せればいいから、味はどうであれ食べ尽くした。
 もう夜の11時をすぎていて、ここは時間が遅くなるとバーに変わるようだ。ウェイターは何か言っているのか? もしくは言っているフリをしているのかわからないが、妙な東洋人の僕を避けるように皿を下げていく。イタリア人には普通にイタリア語で接し、他の外人にも英語でカフェか他のドリンクを飲むか聞いているのに僕には一切声をかけてこない。
 やがてまわりのイタリア人どもは当然のようにユーロで清算していった。「なんだOKじゃん」僕もユーロ払いすることにした。コーヒーはいらなかったけど、やっぱり最後まで何も聞かれなかった。そして自分から「チェック」をお願いした。

Julija
Stari trg, 9
Ljubljana - Slovenia
+386(0)1.425.6463



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Slovenia - Ljubljana 1

 金曜日の建国記念日からイタリアは3日間、休暇となった。休みと言えば撮影が相場の僕ではあるものの、何せ休みであるということは職人たちもみな休みである。短期とはいえ、続けて休みが取れるのはまれなことなので海外へ行くことにした。海外といっても日本でいう文字通りの海外ではなく近郊の外国に訪れるという意味。
「GLI ARTIGIANI」の撮影もしないで僕が外国へ行くのも「GLI ARTIGIANI」のための理由がある。「GLI ARTIGIANI」はイタリアの色を極力出していきたいものではあるが、ヨーロッパというのは各国それぞれが互いに影響しあいながら築かれた歴史というものがあるから、バックボーンを探ってみても非常に似通った部分や重なりあう要素があったりする。何年もイタリアにいればイタリアにあるものは大体見えてくるが、外国にそれと異なるものはどんなものが存在するのだろうか? 人々の趣向というのはどんなものなのだろうか? 外国人にイタリアの何に興味を持たせられるのか? 外国に行くと必ず映画雑誌を手にする僕だが、表面的な一部分とはいえ、それぞれの国を味わうことは作品作りにも少なからず影を落とすことは間違いのないことである。外国へ行き人を知り現実を見るということは、人を理解すること、痛みを知ることにもつながる。自己形成のための大切な一環だとも僕は考える。
 行き先はドイツ・ボン。サッカーワールドカップで日本代表が合宿しているところだが、行こうと思えば不可能ではなかったけど、カルチョ狂には申し訳ないがまったく興味が湧かなかった。というわけで実際に僕が行ったのは、以前から世界で最も美人が多いと聞いていたスロベニア。イタリアとは決して遠くはない。そして日帰りでクロアチア。ワールドカップで再度日本と予選を戦う国。カズもいたザグレブに行くことにした。
 スロベニアもクロアチアもユーゴスラビアから近年独立した国家。いまは平和とはいえ内紛が起きていた地域に足を踏み入れるのはなんとも緊張するものだ。僕が学生の頃も普通にボスニア紛争など報じられていた。あの頃なんとなしに耳にしていた非現実的なものが目の前の現実と変わるのだ。きっと奥深くこの国の人々と接していけたら、いい意味で面白いだろうに。いかんせん苦難を乗り越えた後の平和的な一面でしか接することができない。それでも行けるだけいいのだ。

 ヴェネツィアのメストレまで各駅で行き、ユーロシティに乗り換えスロベニアの首都リュブリャナへ入る。これだけで一日かかる。スロベニアはユーロに加盟したとはいえ、通貨は現地のトラールのまま。遅くに到着予定の僕は両替ができないかもしれないことだけが心配だった。
 スロベニアはとてもきれいだ。イタリアからスロベニアに入ったとき、車窓から見えるのは樹海だった。美しい自然に囲まれた国で、建物は新築のものが多くきれい。イタリアなんかより断然きれい。ウィーンやスイスに近いかもしれない。人は穏やかできれいな景観に心癒される。気性の激しいイタリア人との闘いから解放されたような気分だ。民家は日本と似た三角屋根が多く、そこから突き出した窓があるのも特徴。
 リュブリャナ駅に着き、いつものイタリアの感覚でホームから駅の建物を目指すとどこにも見当たらない。いきなりイタリアとの違いにぶちあたった。表示されている言葉もわからなかったが「センター」のように書かれてある方向に向かうものの、何も見当たらない。反対側に行きウロウロしているとイタリア人のオバチャンが「カバンを持って階段を上ってくれ」と助けを求めてきた。「知り合いが住んでいて待ち合わせをしている」というが、オバチャンもよくわかっていないようで、ガイドブックを持った別の若いイタリア人の男が「街の中心は反対側だ」と教えてくれた。僕は結構重いオバチャンの鞄持ちをして中心地方面の出口へ向かう。
 オバチャンは知り合いとすぐに会えたからよかったが、大変なのは自分。その知り合いに聞いておけばよかったのが、貨幣の流通について。僕はスロベニアもクロアチアも、ガイドブックも地図も何もインフォメーションも持たず、ネットでも何も調べず、宿も取らずの行き当たりばったり旅にするつもりで来ていた。そのほうがハラハラもんで面白いから。ぶち当たる問題にその都度対処してクリアしていくのがたまらない。
 というわけでまず探したのは両替所。フトコロ寂しくては前進なし。6月にもなり気候は暖かいから最悪野宿は覚悟のこと。何もわからないまま、いつものイタリアの小都市の感覚で中心地と思われる方角へ、カンと嗅覚だけを頼りに歩いてみた。確実に中心と思われる広場に着き、川をメインに街がひらかれているのがわかった。しかしこれが一国の首都の中心街か? と思わせるほどの小ささ。きっとクレモナより小さいであろう。イタリアではミラノも大都市とはいうものの、東京の豊島区より小さいのではないだろうか? そう考えるとかなり小さいことがわかる。それなのにイタリアにすらないコンビニがあることにミニカルチャーショックだった。
 最初に見つけた両替所は人はいるものの営業時間を過ぎていたのでバツマークをされてしまった。比較的星の多いホテルはいくつかあるから最悪ホテルで両替だと考え、まずは自分の身丈にあったホテルを探した。街を知ることも兼ねてあちこちまわっていたら、おかげで街の構造がほとんどわかってしまった。と、そこに2つ星で27ユーロ(約4000円)と書かれてあるホテルを見つけ当然訪ねた。ユーロの支払いもOKなのか? イタリアがリラからユーロに移行するとき、両方の通貨が利用できた。公定レートのあった頃のような感じかもしれない。ちょっと期待して入ると「フルブッキング」それでも聞けることは聞いてみようとすると街の地図をくれ、すぐ近くのインフォメーションの場所を教えてくれた。
 インフォメーションに行くと街中のホテルは高い所ばかりだというので、プラベートルームを紹介すると言われ連絡してもらったが、そこもフル。街から離れたユースホステルしかないという。バスの乗り方も教えてもらい、駅に両替所があることも教えてもらい、そのまま駅へと向かう。駅には何もなかったのに・・半信半疑になりながら地元の人間の言う通りにした。
 するとわかったことは、電車の乗り場の地下通路がある場所と、切符売り場・トイレ・バー・待合所・両替所などがある場所は離れていたということ。なんとも外国に来るとよくわからないことが・・こんなことで時間をロスってしまったのもいい勉強になったと思うことにした。
 街に戻り今度はリラックスした状態で歩く。とにかくメシだ。といってもブレックといわれるトルコのケバブのようなファーストフードはよくあるが、レストランのようなところは圧倒的に少ない。あとはバーのようなところばかりでガッツリ食べられるような感じの所は少ない。いろいろ見て回っていると、時間なんか気にしないで夜明けまで地元のバカと騒いで飲み明かしてみたい気もする。とにかく雰囲気が良かったから呑み込まれてそのまま楽しくすごしてみたかった。


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