2008年7月 6日 (日)

逆インタビュー2 - Anversa 10

 ノートルダムの前の広場を歩いていると、英語で叫ぶように呼ぶ声がする。気になって振り返ってみるとオッサンが声をかけてきた。聞いてみると彼は学校の先生で、日本人が何故このネロの物語に感動してアントワープを訪れるのか? ベルギー人にはいまいち浸透していないこの話と、理解できない結末に対しての日本人の見解を、学校の子供たちに示そうとしたかったらしい。が、観光の街だけにお互い理解できる言葉を操る人がいないという事で、適当な人間に目をつけたという。

 これは面白い逆パターン。ブカレストでもあったけど、これはこれでやりやすい。ということで僕も質問してみた。けれども僕のオランダ語は通じにくい。とはいえまったく準備のない人に質問するよりはかなり話ししやすいのは、彼もしゃべり慣れているからだろう。
 当然すぐ次に訪れるフランス語圏の言葉を教えてもらう。でもやっぱりフランス語は発音が難しい。英語の比にならない。書いてもらったつづりが読めなかったが、読み方を聞いてカナをふっておけばなんとかなるだろうと思ってそうしていた。



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2008年6月19日 (木)

あわわわわ - Amsterdam 12

 橋を渡った向こう側で犬を連れたおばちゃん同士、世間話をしている。犬に目の行った僕は長話を終わったおばちゃんが近づいてきたところをつかまえた。
 おばちゃんは時間がないからという。「何をあんなにムダ話するヒマがあったのに」などと思いつつ、ちょっとだけだからと、引き止めて話した。そんな手間をかけてしまったが故に、肝心の質問事項がブッ飛んでオロオロしてしまった。
 一応やりとりは成立したものの、おばちゃんはホントに急いでいたようで、すぐにも立ち去りたい雰囲気全開だった。それでも答えてくれたおばちゃんにありがとう。


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2008年6月17日 (火)

おとなりさん - Amsterdam 10

 お母さんがベンチに座り息子がそのまわりを走り回る。そんな微笑ましい姿を見かけた。ありがちな親子の姿だが、だからこそそれが美しく見える。そんな光景をしばらく眺めていた。そしてお母さんに声をかける。
 せっかくオランダ語で声をかけたというのに英語で返される。これも外人に対してはよくあることだが、お母さんの話していることによく耳を傾けていると、ドイツから来て住んでいるのでオランダ語はわからないという。おおこりゃまた自分と同じような境遇の人だ。そんな話をしていると、後方からお父さんがやってきた。お父さんもきっすいのドイツ人だという。ならばと、ちょっと前に覚えたばかりのドイツ語で話をした。
 おおおー。消化不良だったドイツを、まさかこんなところで解消することになるとは。先にドイツに行って言葉を覚えておいてよかった。これもヨーロッパならではの事だと思うと面白い。


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2008年6月16日 (月)

オッサン - Amsterdam 9

 街の清掃員らしきオッサンがいた。イタリアでもよく見かけるような制服を着込んでいる。木の葉っぱ、植物をきれいに管理する職員のリーダーのようだった。
 当然ながら何を言っているのかわからないが、外人が何か話しかけてきて、それに興味を示している。いいチャンスなので逆手に取って話してみた。同僚と笑いながら話してくれる。友好的な雰囲気ながらわかっているようでまったくわからない。でも優しげなオッサンには僕が思い描く若者の男とオッサン像がいつのまにかできあがっていたようだった。


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2008年6月 4日 (水)

ニーナ - Düsseldorf 8

 残された時間もわずかとなってしまい、それでもまだインタビューをなんとかしたかった。こんなときはどうせなら女の子ちゃんに声をかけたい。なんてしょうもない動機で、街の中で見かけた待ち合わせをしているらしい子に話しかけてみた。まさかとは思ったものの意外と快く受け入れてくれた。
 僕のドイツ語も思ったより通じているようで、もう少しアドリブをきかせていろいろとバリエーションを加えておくべきだったと反省もしながら、これだけスムーズに話せるのならば「もっとインタビューしたい」などと意気込むのであった。


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2008年6月 3日 (火)

階段の学生 - Düsseldorf 7

 昨晩歩いていたライン川沿いで、教会の前から川の方向に階段がおりていたのを見てスペイン階段を思い出した。「Come va?」という作品の冒頭、ローマで撮影したアホなイタリア人の若者たちのことが脳裏を横切る。懐かしさとともに感じるのは、はち切れんばかりのエネルギー。自分が存在していることを示そうとばかりに楽しさを前面に押し出してくる、そんなブチ切れた激しさに触れたかったのかもしれない。学生をターゲットにインタビュアーを探していた。
 光が上方に傾いている中、階段のところまで足を伸ばす。期待して向かった先には少ないながらも若者が座っていた。一人が本を片手に三人に向かって話している。青空の下での勉強も清々しいだろう。川に反射する強い光の美しさに目を奪われることなく、テキストに目を向けている彼らに声をかけ、僕が彼らの集中力を奪った。ローマのときの彼らとは異なるなるリズム感ではあるが、落ち着いた雰囲気がこの地を特徴づけているようでもあった。周りの情景に見事にマッチしている彼らに魅了されたようだ。


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2008年6月 2日 (月)

その公園にて - Düsseldorf 6

 公園を歩いているといろいろな光景と出会う。親子の散歩や子供の遊具、走り回るリス。そしてどこでもよく見かけるのがたたずむオッサンの影。差し込んだ強い光の脇にいたオッサンに声をかけると、当然ドイツ語でのやりとりが始まる。わかったようなわからないような会話がありながらも、なんとなくお互いわかりあったような感じで話が終わる。


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2008年5月15日 (木)

マエストロ 石井高 - Cremona 26

 某雑誌の取材でクレモナ在住バイオリン職人の石井高さんの工房を訪れた。「GLI ARTIGIANI」の企画を立ち上げた頃、少しでも企画の行き先を透明にしようと石井さんの工房を訪れたことがあった。そのときはバカンスシーズンだったため、お会いすることはできなかったが、今回はカメラマンということで訪れ、お話を聞くことができた。
 石井さんは職人としては重鎮。とはいうものの極めて話がしやすく、当たりの柔らかい感じ。おそらく最初に訪れたときでも優しく話をしてくれていただろう。そんな雰囲気を察した。ちょっとした昔の小話、軽妙なトーク、重みを感じさせないようなものが逆に、年月を重ねたが故の優しさのような気にもさせられる。
 カメラの話をすると楽しそうにライカを持ち出したり、機械好きの少年が見え隠れする。人の生のいろいろを少し垣間みれたのは、よいときを過ごせた証拠。どんな記事に出来上がってくるか。それは乞うご期待。



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2007年3月 7日 (水)

牛使い - Bogazkale 6

 ボアズカレではウマやウシが放牧されていた。そして横には石に座って笑顔をふりまくおじさん。愛想良く話をする彼は人なつこく、とても年配には見えない明るさだった。




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2007年2月26日 (月)

ランドスケープ - Kappadokia 7

 カッパドキアに来て「これぞ」という岩石群をおさめていなかった。風景としては移動のバスの中で納得の行くものは眺められていたものの、手中にはできていなかった。みすみす逃してしまうと虚しいので、とにかく手当り次第にフレームを切っていた。
 バスの移動中、歩きでも行けそうな山の上の景観の美しい場所を見つけたので行ってみることにした。
COOOOOOOOOOL!!」絶景!!!
 夕刻ということも相まって絶妙な美を発していた。自分の行動と自然とのハーモニーが生んだ美を堪能下さい。



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2007年2月24日 (土)

おじさん 2 - Kappadokia 5

 そんな「ウルルン」邸を横目に、岩の裏側に入っていくとおじさんがテーブルにラジオをつけて、一人新聞を読んでいる。バックはスターウォーズに出てきそうな壮大な岩石群。そんな背景片手に味のあるオッサン一人。こんな画になる風景など見たことない。とっさに僕はカメラを回し、オヤジに近づいていく。
 こんな自然を前に生きているオッサンはいつも何を想いながら生活しているのだろうか? そう考えると大したことも考えずに日々を過ごしているだけなのかもしれない、と思うのも壮大なドゥオーモを前にしてもそれがあたりまえとなってしまえば何も感じなかったりする自分がいるからであるわけで・・
 漫然と過ごすよりも一歩立ち止まって何かを感じてみるのも悪いことではない。そういう意味では写真やビデオを回したりするのは、ふと我に返ったりしないとイイものが撮れないから、それは自分自身の内面にとってはとてもいいことなのかもしれない。そんなことをオッサンに見ることができた。



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2007年2月22日 (木)

おじさん 1 - Kappadokia 3

 どこに行けば美しい風景に出会えるのかわからず、とにかく足を進めてみた。それた道を入っていくと、地元の人がハーモニーを奏でている。軽く挨拶をすれば、きちんと返してくれる。のどかな風景に優しい音色が響き渡ってくる。お互い何を言っているのかわからない会話の中、イタリア語にも似た、わかる単語が出てくると何だか嬉しくもなる。それでも言葉を交わすことの中に楽しさがある。



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2007年2月18日 (日)

メヴラーナ - Konya 9

 とうとうやってきた旅のクライマックス!! ここで僕のテンションは最高潮。夢にまで見た最高の芸術を堪能するためにここまでやってきたのだ。しっかりと目に焼き付けないでどうするっ!!!
 式は幻想的なムードとはかけ離れた、ただのオッサンの歌声高らかにコンサートらしきものからスタート。メヴラーナのバックバンドらしき人々を従えて歌っていた。「一体いつまで続くんだろう」と、カメラを片手にずっと待っていた。帰りのバスの時間もあるので、あまり長居はできない。こんなに - ダラダラオッサンコンサート - が続いたら本編まで見られないんではないか? そんな不安まで抱かせるような長さ。そして一時間がすぎ、ようやく司会が出てきたと思ったらインターバル。ええええっ???
 インターバルも終わり、山高帽とマントをかぶったオッサンがたくさん登場。「来たっ!!」ホッとしながらカメラを回す。しかしこれもダンスの前座のようで、長い儀式が続く。そんな立て続けの前座のあとにようやく迎えた本番上演。ここぞとばかりにカメラを切る。その雰囲気すら感じようとする間もないくらいに撮ることに気を集めていた。意外とダンスの時間が長く、充分すぎるほど撮ることはできた。上演終了までいることはできなかったが、この上ない満足感に満たされて帰ることができた。

 その幻想的な動きが、特別な技術を必要とせずに美しい画を撮れる。僕に不必要な力を与えずリラックスした状態で美を撮らせてくれる。これは宇宙と一体化している信者のダンスの祈りが、神とのつながりを表し、そしてそれがそのまま僕自身にまで伝わっているかのようだ。ホントに美しいものには人知を超えるものがあり、それは人間のちっぽけな経験など必要ない。美しいものを手に入れさせてもらえることがどんなに素晴らしいことか? ありがたくこの感動をわけてもらうことにした。




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2007年1月29日 (月)

駅前パフォーマンス - Bucureşti 11

 駅前で出会った女性にインタビューすべく舞い戻って来た。近くに一緒にいたパン売りのオバちゃんに聞くと、あと少ししたら彼女は来るという。信じてしばらくしてから戻ってくることにした。
 何度かその前を通り過ぎるが、やはりいない。改めてオバちゃんに聞いても同じ答え。もうこれ以上待っても撮れない気がして来た僕は、オバちゃんを撮ることにした。手にはメモ帳、そしてカメラを用意してボタンを押す。すると何と!! ルーマニア語で質問を書いた僕のメモを取り上げて読んでしまった。オバちゃんパワーにはかなわなかった
 通りすがりのオッサンが紛れ込んで一緒に一緒にインタビューを撮った。なんだかワケのわからないパフォーマンスになってしまったが、おかげでオバちゃんたちとは仲良くなれた
 その仲良しの印にパンを買うことにした。オバちゃんは手持ちのコインを並べて、パンの金額を示してくれる。何度かに分けて買っていると、最後の一個をタダでサービスしてくれた。「ムルツメスク!!」オバちゃんの笑顔は忘れないよ!!



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2007年1月23日 (火)

逆インタビュー1 - Bucureşti 5

 探しまくっていたレストラン。それは昼だけではなく夜の分まで探し当てていた。ブルガリアでの一件もあったので、とりあえず予約だけ入れておいた。そして街に流れる大きな川沿いを散歩していた。
 すると突然すれ違いざまに声をかけてくる三人組。何かと思えばディレクター、カメラマン、アシスタント。三人クルーの取材班だった。お互い片言の英語でのやり取りとあって、何を言っているのかさっぱりわからなかった。どうやらこの横に流れている「」についてドキュメントしているようだった。
 質問自体、面白みに欠ける。彼らの雰囲気や年齢、題材からしていかにも大学の実習のような感じで、取材に三人も費やしているのに対象への取り組み方への甘さを露呈させてしまっていた。こういうのは経験が必要だから本気でやりたいのなら彼らももっとたくさんやらなくてはならないことがある。
 なんて事を考えながらもこっちもしっかりと彼らを撮らせてもらう。僕がカメラをカバンから出すと一同大爆笑。教わったばかりのルーマニア語を片手に、鏡のようにお互いを撮りあう。サバサバとしたような感じのやり取りが、まるでアメリカ人のように見えた。なんだかんだと言ってマヌケな格好で質問していた僕にまともに答えてくれたクルーよ、ありがとう



Care este cel mai important lucru în viata ta?

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2007年1月15日 (月)

パフォーマンス - Sofia 10

 地元の人々の集うマーケットのような、お店が集まる屋内施設に入る。するとそこで雇っているのか? 二人のぬいぐるみコンビが楽しそうに荷台を使って遊んでいる。あちらこちらを走り回って愛想をふりまき、人々を巻き込んでいく。
 僕はカメラを向けてみることにした。ブルガリア語でたずねてみると英語で「英語で聞いてもわかるよ」と。そんなこと言わないでおいてくれ。こっちもオッサンだけど、そんな現実的な感じで答えられても夢が壊れてしまうよ。とはいえ、外見ではわからなかったが話してみて男と女のコンビだというのがわかった。たのしいひとときをありがとう



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2007年1月13日 (土)

ハープ - Sofia 8

 朝食を終えて出発の準備をしていると、曇った空を突き抜けるようなメロディーが聞こえてくる。それはとても心地よく、どこか懐かしい感じさえする。


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2006年9月 1日 (金)

隠し撮り失敗 - Santa Rocco 2

 工房から戻る道中、さすがに暑さで倒れそうになり、なんとか日陰を見つけて座り込んだ。それでも心地よい疲労感に撮影のプランを考える余裕もまだあった。工房へ行く途中に道を尋ねたオッサンたちを撮っていなかったことを思い出す。ここサンタロッコのストーリーを語る上で大切なシーンであったことに気がつき、なんとか撮り直せないかと方法を考えていた。街の中心まで来て、道の段差に腰掛け、人の表情を眺めながらイメージしていた。
 もう一度同じ質問をすればいい。すでに行ったことのある場所だが、あえて知らない振りをしてもう一度道行く人に訪ねてみる。これはやらせのような事実だ。しかしやるならここでしかできないことでもある。本編で使うかどうかは別にしても、結果はどうであれ、とにかくやってみることにした。帰りの時間と相談しながら、バスの時間と昼食の時間を逆算してギリギリまで動いた
 声をかけられそうな人はなかなか現れなかった。オッサンのたまり場などは、事が大きくなっても大変だ。車から降りてきた人に聞いてみるのも一つ。店の人に聞いてみるのも一つ。ただどれも決定打がなく、ただたださまよっているばかりだった。中心から外れた緩やかな坂を登っていくと郵便局があり、そこから出てきた親子がいて、迷わず声をかけた
「そこはここから 3kmだ。そこまでどうやって行くんだ?
「何もないから歩いて行くしかない」
「歩き!? アホか! いいから乗れ。連れてってやる
 あまりにも唐突で意外な展開に驚いてしまったが、彼らの帰り際、僕を車に乗せて現地まで送ってくれようとしてくれた。ひからびてしまうほどの天気と距離である。そんなことは彼らも承知していたのだろう。こんなことなら最初からこうなっててくれたらよかったのに。イタリア人もいいヤツはとことん親切である。ここは田舎町だからよけいそうだったろう。
 撮っている事に気がつかれないように、モニターは閉じていた。カメラを回すタイミングがずれ、あとになって誤って操作していた事がわかり、一部始終はまったく撮れていなかった!! 前回シエナに来たときも同じく撮れていなかったことがあった。恐るべしシエナ。
 まだ次を探してみてはいたが、次第に短いリミットは近づいてきた。結局このシーンは撮れず、そのまま昼食をとる事に。


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2006年8月31日 (木)

無心に帰れるとき - Santa Rocco 1

 ビビりながらもバスを降りて一応確認してみると、停留所には「Santa Rocco a Pilli」間違いないはず。行き先の住所と電話番号を確認しながら、まわりの標識や番号と照らし合わせる。ここは高台の上の方にある街のようで、眼下に見える風景がとても美しく見えた。
 通りをあちらこちらと歩き回りながらも、イタリアにもあるのかわからないが屋外に設置されているコンセントの差し込みを探す。なんとも運がいいのか。店頭ディスプレイ用の差し込みを発見。早朝だったのが幸いした。中心の通りにも関わらず、人通りも少なく勝手に使わせてもらって何のおとがめもなかった。とはいえこれは撮影班の鉄則を行ったまでの事でもあります。おかげでバッテリーはビンビンだぜ!!
 充電もある程度してまたすぐに動かなくてはならない。どうにも見つからない工房に電話をかけてみる。サンタロッコの先 1kmの所にあるという。1kmであればすぐに着くだろうと先を急ぐ
 特徴のあるトスカーナの平野を横目に、きつい日差しの中を帽子もかぶらずヘロヘロになりながら歩き続ける。行くのはいいが、この来た道を元に戻る事を考えると気が思いやられる。朝なのにこの暑さ。日中もここを歩く事を考えたら、もっときついだろう。
 30分くらい経ち、だいたいもう 1kmも歩いただろうというところに民家が見えてきた。きっとこの辺のどこかが工房なんだと見て回る。ただお店も一緒で看板が出ているはずである事を加味すると、それに見合うところはない。立ち入り禁止区域に入ったり、城方面ではないといわれていたが、城の方へ行ってみたり。この先の道は奥まで見渡せるが、どう見ても先は 1km以上あり工房など見当たらない。どうしようもなく車に乗っていた 3人組のオッサンたちに聞いてみる。
『まだこのさき 1kmだよ』
 おまえらサンタロッコ市民街の位置関係と距離感狂っていないのかっ!!! と、彼らに切れても意味はないわけで、あきれながらも感謝して先を急いだ。車がブンブン飛ばす、日本でいえば国道のような歩道もないぶっきらぼうな通りの端を、風圧で飛ばされそうになりながらカメラ片手に歩く。したたる汗といっこうに晴れてこない眼前。ホントにこのゴールはあるのだろうか?
 さらに30分くらい経ち、自分の来た道を振り返ると気が遠くなる。きっとトータルで 3km以上は歩いたのではないだろうか。サービスエリアが出てきて、すかさず入る。これだけのハードワークなのに昨日の昼から何も食べていない。今朝からは水すら飲んでいなかった。そんな事すら忘れて先に進めるのは、やはり映画のためだからなんだろう。自分が人生賭けているもののためなら無心になれる。そんな胸中にいる自分が誇りにも思える。
 サービスエリアに入ろうとすると、すぐその先に目的の看板が目に入ってきた!! 一気に重荷が降り開放感が訪れる。パニーノをがっついて水を飲み干しいざ出陣!


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2006年6月 3日 (土)

KATARINA - Zagreb 4

 古ぼけた建物の横を通る。行き違う人に笑みが浮かぶ。僕は危うく犬に噛み付かれそうになる。激しくののしるかのように吠える。飼い主はそれ以上に恐ろしい顔つきで犬にたたみかける。振り返って気にかけながらも先を見つめる。
 人々の行き交う公園横の通り道。ベンチに座って様子をうかがうことにした。人の顔、会話、空気、動き。いままで見たことのないものから、よく見てきたもの、いろいろを見ていく中で、この国に生きる人々のリズムを探る。アジア系のひょろりん男を見て、学生世代の若者たちが抱く興味。それはまた各国によって様々な反応があり、それに対しビビることもあるヒョロリンもやしがいる。
 ところで三浦カズがここザグレブにいたのは何年前だろう? 僕は決してこの国が経済的に貧しいとは思えなかった。もちろん僕の感じていることなど、この国の1%にも満たないことだろうが、それにしてもかなりの人々はイタリアよりもいい生活をしているようにも見えた。カズが受けていたインタビューでは「この国はやはり貧しい」と言っていた覚えがある。カズがザグレブに呼ばれたのもジャパンマネー目的だったんだろうが・・。実際のところここの現代社会は果たしてどうなんだろうか?
 じっとしていても何も始まらない。気分転換に移動した。歩き疲れていたので、すぐにまたベンチに腰掛けた。誰かが後ろから近寄ってくる気配がする。女の子が声をかけてきた。若いボーイッシュな感じの子。アンケートをとらせてくれという。ここで僕のアンテナに触れた。ある考えのもとに、黙ってアンケートに答えた。
 アンケートは5分で終わると言われながらも、結構なボリュームがあった。用紙にチェックする形式で、ザグレブに誰と来たか、目的は、泊まりは等、観光についての質問だった。これは僕にとってはどうでもよかった。さっさと終わらせて回答用紙を渡し「ありがとう」と場を立ち去ろうとする彼女を引き止めた。
 名前はカタリーナ。クロアチア人。願いは求めればやってくるものである。質問に対しての応えより、日常的な会話を交わす中から出てくる何気ない言葉が印象に残るものである。もっとカメラを回せばよかったのに、話に集中して彼女の生きた言葉を得ることはできなかった。しかもとっさに手にしたカメラの絞りは甘く、画的に満足できるものではなかった。それでも最低ラインを超えることはできた。


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