移動の地下鉄に乗る。路線もさほど多いわけでもなく、行き先も限られている。それでも初めて乗るわけであって言葉もよくわからないとあれば、迷うこともある。地図と路線図を片手に行き先を確認しながら階段でウロウロしていると、おばちゃん二人組が声をかけてくる。
「どこへ行きたいの?」
きっとそう言ってくれたのだろう。地図で示すと彼女らと同じ電車のようだった。自分から求めていけば教えてくれるようなものの、田舎町ならまだしもミラノにいてもこういう親切はあまりない。移動の間、電車に乗っていてもしきりにこちらの様子をうかがって心配してくれている。そしてここで降りなさいと指示され、同じ駅で降りる。笑顔で階段を上り「ムルツメスク (ありがとう)」
電車を乗り換えると、作業服を来た土方のような兄ちゃんがいた。外人が珍しいのか、やたら僕の表情を眺めている。突然乗客が皆降りようとする駅に着いた。のほほんと座っていると兄さんが「ここで終わりだ、降りろ」と伝えてくれる。彼も笑顔で去っていく。
いきなり途中でおろされ、同じ行き先の電車などどうやって見つけたらいいのかすらわからず、途方に暮れてまたウロウロしていた。すると今度は同じ車両にいて僕のそんな行動を見ていた女の子が「向かいに止まっている電車が同じ行き先よ」
何度となく助けられた。こんなの大したことないし、イタリアでもよくあることだろう。ただ僕がいろんなところをまわってきた中で思ったのは、それぞれの土地にあるバックグラウンドによって人の動きが異なるのではないかという事。そんな見方をしてみた。
以前、常夏の国から極寒の街に移動したとき、温度の高い南方の人間は心も広く温かい。などという事を考えた。一概に言えるものではないがそんな傾向が見えたという事。ミラノとナポリ、北海道と沖縄でもそんなのが見えるかもしれない。
ここルーマニアは数年前に独裁政権が民衆によって打ち倒された。それまで東の国の人々はそんな自由の少ない束縛された寒い時代を送っていた。しかもその時代を生き抜いて来た人が、いまの社会を支えている。僕がこの日出会った人たちもそんな悲しみをちゃんと知っている人々だったはず。クロアチアでもそんなようなものを感じたし、カンボジアでも人々の安らいだ笑顔は平和を取り戻せた喜びのような菩薩みたいに見えた。
人々は悲しみにあふれた社会にいても、和を求める。そんな痛みを知っている人々は、人に優しくしようとする心を持っている。
それはこの移動の間での出来事もしかり、駅でホテルの場所を聞いていろんな人が通りの場所を教えてくれようとした事もしかり。
こんな少しの間にこれだけの優しさに触れられたという事で、東の国で探し当てられた美しい心を感じ取れることができたのは僕にとって大きな収穫だ。
そんな意味では日本もすでに危ういし、僕ら戦争を知らない世代などに理想的な国家形成など難しい。



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