2007年9月23日 (日)

MARECHIARO - Verona 13

 帰りの電車の時間と相談しながら、夕食のレストランを探していた。でもまだ8月で、中心地のバールのような店は開いているが、一般市民が行くようなところはなかなか見つからなかった。つぶさに歩いていると、半ばあきらめ気味の出発時間間際にピッツェリアを発見。ホントに時間がなく、しかもピザ続きということを考えて一度はあきらめたものの、やっぱり引き返してしまった。
 店頭に出ているメニューを見て決めて、すぐに注文。のんびりしているカメリエラの尻を叩いて、早く出すようにさせた。頼んだのは「ベジタリアーナ」僕はベジタリアンではないが、あまり聞かない珍しいタイプのピザだと思い、即決した。
 大きさ自体は最近食べたものと同じく、さほど大きくはないものの、野菜がホントに大量に乗っていた。トマト、ジャガイモ、ブロッコリ、カルチョッフィ、フンギ、ナス。これが生地の上にどっさりと乗っている。20分もいられないのに、どうやって食べるんだ? と思いつつも、考えるヒマもなかった僕は即座に食べかかった。が、とてつもないボリュームが腹を襲う。とてもじゃないが早食いでも20分では足りなく、予定の次の電車で帰ることを余儀なくされた。
 とにかくすごい量です。それでいて野菜なので重くない。味もいけてる上に値段もかなりいけてる。これはオススメ。でも時間には余裕を持って。


 というわけで今回の採点は、80点!

●VEGITALIANA (pomodoro, mozzarella, verdure miste) - 6.50ユーロ
●Acqua (1/2litro) - 1.00ユーロ
●Coperto - 0.80ユーロ



MARECHIARO
Via Sant'Antonio, 15 - Verona
045.800.4506
http://www.marechiaroverona.it/

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2007年9月21日 (金)

スプリング - Verona 12

 イスのクッション部分へのスプリングの取り付け。いまの時代こんな作り方など目にすることがあるのだろうか? ものすごい原始的なものを感じたが、何百年も前のイスを修復したりしている彼なら当たり前のことなのだろう。完成しているイスのクッション部分を触らせてもらうと、恐ろしいほどに頑丈に修復されていて、生きている間に二度と壊れることはないだろうと思わされるような出来。ゴムでできているのは作るのは簡単で安上がりだけど壊れやすいという。
 このスプリングを取り付けるのに糸を使うのだが、それを金づちで枠に打ち付ける。僕にもやらせてくれたのだが、まぁうまくいくはずもなく、やっていて自分でイヤになってしまった。

「お前は実はここに修復の勉強に来ているんじゃないのか?」

 などといわれ、マリアーノの即席講座が始まった。彼の奥さんと一緒に聞き入っていたが、とにかく何気なくやっている一つ一つの作業が、細かい理由を持って成されていることが伝わってくる。やはり並の職人ではないし、学校で数年やっただけで得た技でもなく、何年もの鍛錬が成せる技術である。ただただ見とれていた。


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2007年9月20日 (木)

道具 - Verona 11

 作業の合間に紙ヤスリの種類を見せてくれる。荒さの違いで使い分けている。金づちやはさみも見せてくれたが、市販されているものと彼の手作りのものでは使い勝手が違うという。僕も手にさせてもらった。金づちもはさみも重心を全体にバランスよく振り分けているせいで、くぎは打ちやすくモノは切りやすい。


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2007年9月19日 (水)

嘘をつかない - Verona 10

 誰も見ないようなイスの足の先端部分。よく見れば手が入っているのがよくわかるが、それでも新品と変わらないように仕上げていくのはやはり職人技。器用な丁寧さが当たり前のように見えるが、実際にやってみれば簡単なものではないことがよくわかる。


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2007年9月18日 (火)

やりたくない - Verona 9

 あんまりやりたくないけど、これも仕事の一環。使い古されたイスの修復で、人の垢のような汚れをいろんな種類のヤスリで落としていく。一緒にいる僕に削り粉がかからないように注意を払っていた。


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2007年6月23日 (土)

究極を超えた現実 - Verona 8

 素材が見つけにくい上に高等な技術を要するが故に困難。依頼が少なく儲かるわけでもない。彼がそれでもやるのはなぜだろうか?

 代々伝わる伝統技術だから。
 他にやる人間がいないから。
 これでしか食えないから。

 この仕事で得られる現実がどれだけのものかなんてことは承知している。それでも頑なに続けているのは、目を見ていれば何となしに感じるものがある。


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2007年6月22日 (金)

当然理由がある - Verona 7

 もちろんすべてをマリアーノの手で修復をしているわけで、お金と時間さえかければ何でも修復できるはずのものである。彼に修復を依頼していたお客さんが訪問してきてコストの相談をしていた。マリアーノは「難しいが修復はしてみる」と。でも部品を手に入れるのにそれなりのコストがかかることを伝えていた。
 あたりまえの話である。
 修復するには当然要求すべき事柄ではある。あとはお客さんがそれでも修復を望むかどうか? どれだけ愛着があるかの問題であろう。僕はあのお客さんの出した答えは後々満足するであろうことを望んでいる。


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2007年6月21日 (木)

コントルノ - Verona 6

 それまで見えていたものの他にも見えてくるものがある。もちろん目がいくのは中心となる手先が動いている作業。そんな中でもふと顔を上げてみると、それまでバリエーションに乏しかった背景がガラッと変わっていることに気がつく。いままで気にも留めていなかった味のあるアンティーク家具がフレームの先に入ってくる。作業の向こう側にそんな風景が入ってくると、やはりそれなりに趣きは見違えてくることだろう。


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2007年6月20日 (水)

向き合わせ - Verona 5


 時間のあいた昼下がり、わずかな合間をぬって向かった工房。テンポよく物事を進めようとフットワークを軽くして臨んでみた。いつも左向きのマリアーノをこの日は右向きにさせてみることで新しい何かを発見できるかと試す。作業の細かい部分は利き手がカバーして見えなくなるが、逆にそこ以外に見えてくるものも何かあるだろう。例えば利き手側に用意しているもの。。

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2007年4月 9日 (月)

やると見るとじゃ大違い - Verona 4

 昔の人は当たり前のことを当たり前のようにウマく言うものだ。と、当たり前のことを当然のように感心したのが今回のヴェローナ。いつものように中心街を素通りしてマリアーノのいる工房へ。
 マリアーノは相変わらず淡々と仕事をこなしている。僕はあくまで撮影している人間なので、実際にその技を手にしてみることは自分から進んでやることはないが、マリアーノに勧められたので椅子の修復の糸縫いをやらせてもらった。
 単純なようにスイスイとこなしているのを見ていると「簡単なんだ」と思いがちなのが、実際に手にしてみると格闘しまくりなのだ。以前カットモデルで美容師のタマゴによく髪を切ってもらっていた時期があるが、プロに髪を切られるときと比べると、切られる側の感覚も確実に違うのがわかる。何の違いかと言えば、それは「自信があるか否か
 どんなに慣れないとしてもハッタリという名の自信を持ってそういう素振りでやればウマくできる。なんてことはなかった。やはり職人の技は職人技。かなわないものはかなわない。素晴らしいものは素晴らしい。
 マリアーノ、アンタはスゴい。

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2006年5月26日 (金)

対極・二面性への挑 - Verona 3

 完璧に僕の理想にハマってしまった職人だ。僕が言いたいと思っていることを次から次へと口にしてくれる。映像で言葉を出さない僕にとってはある意味代弁者のようである。と、そこに疑問がわいてくる。そんな予定調和のままで作品作りをしていいのだろうか???
 ビジネス書を読みあさっている人は言っていることがみな同じでオリジナリティがない。成功するには法則があってそこにオリジナリティは必要ない。法則のままに動けばうまくいく。という。そういうものだろうか? 成功などという世界とは異なるだろうが、人の求めるそのままに表現をしていては、異なることへの新鮮みを感じることはない。
 自分の想うことを意のままに表現できるいい機会ではあるものの、そこにスパイスを加えずして面白くなるだろうか? 自分の想いへの反論も加味していくとどういった結論へと導かれるのだろうか?
 アナログ人へのデジタルでの反抗。人間性を無視した生活の肯定。いいと思えることを連ねていけばいいのか? 逆もまた真なり。少しは作品を破壊せねば更に上の映像には仕上がらないはずだ。


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Tappezzeria - Verona 2

 一年以上ぶりに訪れたヴェローナの壁紙職人。壁紙というか布を駆使した修復職人である。僕が来るときはいつも使い古された椅子のカバーをきれいに付け替えている。
 久々に訪れたというのに僕のことをよく覚えてくれていた、マリアーノとパオラ。この二人のアナログな感じが僕のお気に入りで、話しをしていても同感することが多い。決して街の中心から外れた場所ではないが、田舎の人間のような感覚が、一つ一つの人生を大切に描いていこうという気持ちがのっているようで、つむぎ出す作品への愛情につながっているのだろう。


 前回訪問時の撮影日誌 「いつも通りの取り越し苦労

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心に華を - Verona 1

 遊びというか余裕というか?
 ときどき見かける風景ではあるものの、花の植え替えをしていた。人々が容易に汚してしまう街をきれいに清掃する職員。そして常に新鮮な花を並べ景観を美しくする。そしてその仕事を楽しんでやっている様が見受けられる。落ち着き、楽しみ、和を生む。


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