リアルゲットー
ヴェネツィア映画祭の時期、本島の少し裏通りにあるゲットーに足を踏み入れた。
このブログでもたまに話題に上るユダヤ話ですが、いわゆる世にゲットーと呼ばれる元締めがココであります。
僕にとってのユダヤ人はいつもながら二面性を感じるわけでして、ホロコーストで迫害されてきた一面と、2000年前の権威の象徴を掲げる一面。
正統派なスタイルの人がいれば、ラフな人もいて、それはそれは両極端なわけで、いつもどうやって関わっていくべきなのか迷う。
このゲットーは観光地のようでいて、そうでもないような感じもしていて、レンズを彼らに向けてもいいのかすらもよくわからなかった。が、シナゴーグから出来てきた人にカメラを向けていると撮影を止められ、画を消させられた。
彼らも気分は良くないだろうが、別に規制される必要もなく、そういう意味では一般の人からの介入に気分を害した。やっぱり彼らも「人の子」であって、特別な存在と「聖別」することもないのだろう。妙に崇高に感じてしまう、それは逆差別だったのかもしれない。
それはいまのイスラエルを見れば単純な答えかもしれない。











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