イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

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2011年9月 6日 (火)

ON THE BUON GRADO

 東京での、というよりも今回の日本でのシメに、

 やはり会っておかなくてはいけない輩のところへ出向きました。


 今回は大ボスにお会いする事はかないませんでしたが、

 一緒に映画を製作した同志たちと久々の再会です。

 中には、それこそ僕がイタリアに発って以来会うメンバーもいて、

 それはそれは懐かしかった。


 何年も経つけれど、

 一人一人がみんな見事に若々しくて明るい。

 バカ騒ぎしてしまったのもまだ体力のある証拠。

 見た目もみんなそろってほとんどその頃と変わらないし。。


 それぞれ映画の世界で生きているようで、

 それはそれは嬉しいと同時に安心した。

 フリーの人間から会社人間、中にはショートショートフィルムフェスティバルでやっているのもいた。

 みな映画である事には変わりなく、

 それぞれにしっかりと道を歩んでいた。


 いつかまたこのメンバーで映画を作れたら面白いだろうな、

 なんて想いはいまは心にしまいつつ、

 僕は僕でイタリアでやり残している事をしっかりとこなさなければ。


(ON THE BOAT)

Buon Grado

2011年9月 5日 (月)

Podcasting - webm-japan -

 かれこれ5、6年くらい前からのバーチャルなお知り合い。

 ポッドキャストチームのウェブエム・ジャパンの皆さんとお会いすることができました。

 もう数年来、いつかお会いしようとお話ししていて今回ようやく実現できました。


 僕からの一方的なファン心理から、

 何度もコンタクトをしていたのですが、

 いつしかヒロカズエモーションさんとスカイプなどでお話しするようになりました。


 内輪のユルユルな話しばかりの僕の大好きな番組があって、

 実はそんなどうでもいいようなノリが好きでずっと聞いていました。

 実際そういうどうでもいいような宴でした。


 僕的にはいつまでもファンでありたいと同時に、

 いつかコラボなどで来たら面白いと考えています。

 彼らクリエイターですから。


 個人的にはユキヒロギャラガーさんのハローギャラガーがお気に入りです。

 そしてHEY!ヨースケさんのマニアックさにもやられています。

 下らない感じのノリに、

 また乗って行きたいです。


ウェブエム・ジャパン

act247_ミラノからの訪問者。

イケピーに会ったよ。


居酒屋 九州熱中屋 西新宿LIVE



2011年9月 2日 (金)

釜石市内

 改めて釜石の市内にやって来た。

 今回は一人で実際の状況を自分の目でゆっくり見るために時間を十分取った。


 ここはまだ復興のために人が多く来るところのようで、

 箱崎よりも瓦礫の撤去は進んでいた。

 だからこそ目立ったのは、

 それでも人の手の行き届かないところがたくさんあったということ。


 建物の解体を希望するところでも、

 そのまま残っているだけ。

 商店街はかなりきれいではあるが、

 商売再開とはまた別問題のようで活気はない。


 わずかながら目にする事の出来る地元の方らしき人も、

 静かに通り過ぎていく。

 言葉を選んで声をかけるものの、

 僕もカメラを回すのには躊躇してしまった。


 ホントの意味で世の人々の気持ちがここに宿っているかと言えば、

 そうでもないようなことは、

 被災都市の中心地でも残骸だらけなのを目にすればすぐにわかる。


 果たしていまはどのくらいまでに元に戻っているのだろうか。


 坂を登った。

 右には無事残った家があり、

 左下には崩れ去った家がある。

 その少し上の避難所にも足を運んだ。


 人々は疲れているようだったが、

 それでも謙虚に前を向こうとしていた。


 避難所閉鎖なんて報道を見るにつけ、

 彼らはどこに行くのだろうかと、

 気になるばかりである。

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2011年8月24日 (水)

瓦礫撤去作業の手伝い

 その後、東北に向かいました。

 純粋に被災地を訪れて、実際にどうなっているのかを見たかった。

 いまでしか見る事、感じる事の出来ない事をわかりたかった。

 という想いでした。


 瓦礫の一片でも自分の手でのける。

 間違いなく必要な事だと思ったので、

 作業が出来る環境を探していたら遠野まごころネットというところに辿り着きまして、

 今回お世話になりました。


 ある程度の作業着と心構えを携えていれば、

 一人でも参加できました。

 遠野市はその場所柄、被災地支援に適しているようで、

 市をあげて被災地のために動いているようです。


 僕が瓦礫撤去に行かせていただいたのは釜石市箱崎町

 壊滅的な被害を受けたといわれる地域で、

 実際に時が止まったままのようなひどい状況でした。


 作業は用水路に押し流された瓦礫をみんなで撤去する作業でした。

 僕は最終日に参加して、かなりきれいな状況を見届ける事が出来ました。


 でも残念なのは、見渡す限り復興などとは程遠い現実でした、

 一体誰がここまで気持ちを配る事が出来るんだろう。

 それを指揮するべきはずのひとの心は、

 どこへ行ってしまっているんだろう。


 現地にいたら言葉などありません。

 ただ元あった状態に戻す努力をするしかない。

 そんな気持ちだけでも届いたらいいけれども。。。


遠野まごころネット


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2011年6月 5日 (日)

Parco Lambro

 僕がこの国に来て、いつのまにか二桁の年月が過ぎ去っていた。


 イタリアに滞在すると決まって、それから初めて目にした世界。ミラノでなくとも、イタリアでなくとも、正直どこでもよかった。


 自分という存在が一体なんなのか、サッパリわからなかった。でもそれはいまでも全く変わらない想いではある。僕が見ているモノはどこに向かっているのだろうか。


 頭ではいろんなことを知ることが出来、いろんなことをイメージすることも出来た。いまほど手軽に情報共有できるような時代でもなく、足を使って出来うる限りのモノをかき集めていた。


 本を読み、音楽を聴き、舞台に触れ、映画を観、人と話し。


 物事を信じ、見えない世界に傾倒し、人に裏切られ、人を傷つけ。


 それでもわからないことだらけ。


 世はそこはかとなく不思議に出来ている。


 何かに憧れ、人の想いに従い、そこに浸ろうともして、つまずき、手を差し伸べられ。


 自分の目で見ていながら、見えていなかった現実の世界が目の前に広がっているのだ。自分が頭で想い描いていた世界は、ここにはなかった。

 ミラノの郊外にある、ランブロ公園。ここに流れている急流の川を目にしていたら、いろんなことが一瞬に駆け巡っていた。

 イタリアに来たわけの一つがここに見えていた。


 スクリーンの向こう側にあったはずの景色がここにある。僕が想っていたはずの風景だ。


 エンジン音を耳にしない、360度アスファルトを目にしない場所。


 空が広く、生き物がたたずむ石の上。木の枯れ葉。鳥の羽ばたき。水の強さ、そして重さ。


 でもこれは現実であって、スクリーンではない。


 フィルターを通した画と、いまの画。手前の方がよかったという想いもあるが、それもこちら側に来たからこそ想えることでもある。


 世界は確実に広がってきたが、まだまだ足りない。現実に触れること。人の想いに触れること。


 いろいろを見て、いろいろを知ることが出来たように思えるが、わかったようなフリをして、人をだましてしまうこと。それは自分でも気がつかないうちにやっていることがあるだけに、それが一番怖いことかもしれない。

 だからこそまだ知らない世界。新しく開拓していきたい。知っていると思い込んでいるものでも深く掘り下げて、もっとわかりたい。


 しかし人がどれだけ尽くして築きあげてきたものでも、一瞬でぶちこわし流れ消えていってしまう。


 人の夢は「儚い」のだ。


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2011年3月21日 (月)

La messa in Duomo 地震を受けて

 東北地方太平洋沖地震を受けてのミサがミラノのドゥオーモで行われました。

 国内のことならまだしも、遠い日本の式典が行われるとは予想もしませんでした。
 イタリアでも原発のことを含めて大々的に報道されてはいますが、それほど大きな出来事だったことを物語っています。

 ミサの形式で式は行われていましたが、焼香のようなものもあり、日本人への配慮も含んでいたのでしょうか。
 巨大な会堂の中で日本人もイタリア人も悲しみを共有し、被災者への祈りと、そして復興への希望を祈り。

 領事の方も参加されていたようで、信仰を別にして市をあげて日本へ哀れみを送って下さっていました。

「心はいつも日本人とともにある」というイタリア人もいます。
 それにはとても感謝します。


 今回の震災は自分にとっても決して他人事ではありませんが、やはり遠くにいて出来ることも限られる中、この想いを共有してジャパニーズスマイルを増やせたらいいと。元気が徐々にでも増えていくことを祈ります。

 そしていつでも「平安」でいられるように。


Terremoto in Giappone, la Caritas si mobilita

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2011年1月 1日 (土)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

旧年中は皆様のご活躍を度々目にする機会が多くございました。
私としましてもとても嬉しい限りです。
それに負けないように私も日々精進していく次第であります。

本年も変わらぬご声援よろしくお願いいたします。

2010年3月 2日 (火)

Calaluna

 毎年シーズンオフにやってくるサッカー指導者の河村さん。今年は3週間を超えるハードなスケジュールを組んだという。イタリア各地の施設や要人を訪ねたようで、素人の僕にもわかるような面々との写真も撮っていた。

 そんな中、2年前にS級ライセンス取得のための研修でイタリアに来られていたときにもお会いした、河村さんの師匠、昌子力監督とお食事する機会をいただいた。前回はあまりお話しする時間もなかったが、今回は少し時間をいただけた。

「厨房が忙しいからバラバラでなく同じメニューで注文しろ」

 とのウェイターの無礼な逆注文にも、かなりのポジティブ解釈で冷静に対処して、レストランを紹介した僕のプライドを傷つけないように気を使ってくださった。それなりにステータスのある人なのに、なんて柔軟なんだろう。。

 イタリアのレストランで混み合っていることは、それは味に間違いのないこと。悔しいけどおいしかった。

 昌子さんからもいろいろとお話を聞かせてくださったが、一つ一つが面白かった。学内での話、苦労が絶えないように思うが、それも経験がすべてを呑み込んでしまっているかのような感じ。

 学内の座右の銘まで飛び出したが、話しているうちに昌子さんがボソッと一言、裏座右の銘は「理不尽に耐える」

 僕もいまより若い頃は不条理に憤って突っ張っていたけれども、社会を少し経験するとよくしみ出てくる言葉でした。いまはまだ学生の気持ちもわかるような気もする自分には、若いとわからないかも、だなんて思ったり。でもその教育の仕方も面白い。

 やっぱり先生の話は面白いのかな。。昌子さんと出会えてよかったです。聞いた話は僕の「力」になります。昌子先生、河村さんありがとうございます。


昌子力
姫路獨協大学サッカー部


 というわけで今回の採点は、60点 (+昌子さんのフォロー分20点) !

●Risotto Calaluna - €10.00

Calaluna
Viale Piave, 38
02.2940.1982(TEL)
Chiuso Lunedi

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2010年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

本年も変わらぬご声援よろしくお願いいたします。

2009年10月15日 (木)

佐藤レオさん

 同志が逝った。

 パレスチナの非暴力抵抗運動を描いた映画監督の佐藤レオさんが亡くなったとの知らせがあった。

 イスラエルやユダヤ人の動きに関しては、僕も思想的に気になるところであったわけで、彼の映画にも興味を示していた。もともと映像ジャーナリズムを志していただけに、彼の活動はうらやましくもあり気になって影ながら応援していた。

 佐藤さんとの交流はこのブログで僕が一方的に『ビリン』を紹介したところから始まった。興味のある映画を見れないが故に、わざわざ早急に映画のDVDを送ってくださった。

 アウシュビッツに行った僕がこのブログに書いたことに対して、優しく諭してくれたコメントもあった。
 ユダヤ人 - Birkenau 4

 だからその動向はいつも気になっていた。

 マイミクにもなっていて、僕のページに彼の足跡のついていた数日後に亡くなったとの知らせ。てっきり元気だとばかり思っていたのに。。。何があったか知らないが、青天の霹靂である。

 同世代の監督として何かできることがあったのではと、思っていた。協力して何かしたいと思っていただけに悔やまれる。是非日本でお会いして、その優しさをビリン村の人々に返していけたらいいと考えていた。僕もわずかながら彼の意志に添えるようにできればと考えている。

 佐藤さんの冥福を祈ります。

ビリン・闘いの村-パレスチナの非暴力抵抗-

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