イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

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2007年3月25日 (日)

ブルーモスク - Istanbul 3.2.2

 イスタンブールといえばブルーモスク、と言われるくらいのイスラム教の巨大寺院。モスクには今回の旅で初めて入ることができ、そして何度か訪れていた。中心地にある大きなモスクだけに、中に入れる時間が制限されている。信徒たちが祈りを捧げるスペースは足を踏み入れられず、それでも祈りに来ていた信徒もいた。
 祈りとは「神との対話」などと一般的には言われているが、僕にとっては自己確認のような、自分自身を律したり自己洗脳のような感じに捉えている。だから彼ら信徒が神への祈りを捧げる心境というのは、それがイスラムであろうとキリストであろうと、僕には理解するのがとても難しいもの。いやそれは理解するのではなく感じるものだ。とも言われるだろう。
 いずれにしても僕が感心するのは、そこまで自分の心を捧げられるということ。滅私である。そして神の教えに忠実に生きているであろうことが、この旅を通してつくづく実感させられながらここまで来た。それは日本人にも先祖代々から伝統的に伝えられている、顕在意識にはのぼってこない心の奥底に潜んでいるサムライ魂にも共通するものがある。だからトルコ人は親日感情も芽生えるのかもしれない。トルコ人は総じて温かい


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コメント

神を介して自分との対話をしているのだと思いました。「神」が祭られているお飾りではなく、日々の行いに対してヒントをくれる存在であり、生活に根ざしているんだと思います。もともと宗教ってそんな風に出来ていったのではないかなぁと思いました。

一日5回お祈りをするイスラムの信者ってなんなんだろう? そうすることでカトリック以上に儀式至上的になりやしないかと思うけど、彼らの優しさに触れる度に何をそこまで突き動かすのだろうと考えさせられます。日本人の僕には理解できないものなのかもしれないし。。

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