イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

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2006年9月16日 (土)

ヴェネツィア国際映画祭 5

 滞在最終日。イタリア国鉄の遅れのせいで僕が向かえなかった K さんが大森さんに招待されているというパーティを切り上げてでも、僕との待ち合わせに来てくれた。K さんもそこまでして誰と会うんだ? と皆に突っ込まれていたらしい。そしてそこまでして僕が彼と会おうとしていたのは何故か?
 それは僕と真逆な彼の考え方にある。彼はもともと演出をやっていて、ぴあでも記録が残っているくらい才能がある人だが、いまはプロデュースにまわって、お金になる映画製作をしている。いわば最近の新しい映画界を支えているイケイケ部門。インディーズをかげで盛り上げているのは彼である。金儲けの映画製作に徹していて何が悪い? といいきる。プロデュースを完璧にやりこなしている。僕にない面を提示して見せてくれる。僕が持ち合わせていればもっとうまくいくはずなところを持っている。捨てることを知っている。それでいてとのつきあいを大切にしている。でなければ僕なんぞと会うはずもない。
 K さんともう一人僕のよく知っている F プロデューサー。僕が言うのも失礼な話だが、同じプロデューサーでも好対照な 2人。僕はどちらかといえば F さんタイプ。K さんの会社で経験を積んでみたいと思う反面、本気でやるなら Fさんとやりたいと思っている。映画は夢物語ではない現実のものであるが、その夢の部分を理不尽なくらいに愛している
 K さんのところはコンスタントに製作していて海外にも目が向いている。理想的だけれども、根本的なところで僕が目指しているのはそこではない。それを強要するような言い方をしなかった K さん。彼の言いたい事は何となく見えたけど、いまの僕にしかできない事もたくさんある。それも彼は認めてくれていた。


サン・マルコ寺院横にて筆者自ら撮影

2006年9月15日 (金)

ヴェネツィア国際映画祭 4

 公式上映翌日。各賞の発表日。既報通り日本の作品はすべて賞をとれず。プロデューサーからは期待の持てる事をいろいろと聞いていたものの、残念な結果に終わった。コンペに参加して賞をとれれば最高だと、僕も嬉しかったが。。また次回、僕がフルで参加できるときまでとっておいてもらう事にしよう。いやいやその前に僕がレオンドーロを獲らねば!!
 と、残念パーティが行われている場所まで行った。なんて言えればいいものの、本島から離れたホテルも一つしかない島でやっているという。どんなに頑張ってみても3分といられない気もしたので、とにかく残念の気持ちだけ送ることにした。



2006年9月14日 (木)

ヴェネツィア国際映画祭 3

 上映日当日。レッドカーペットは NG でも上映は見られると思っていた。結果はすべて天命だと思う事にして、バポレットに間に合わなかったとかの細かい事は気にしない様にした。レッドカーペットは 9:30。上映は 10:00 から。最悪レッドカーペット上のスタッフから、一般客にまぎれている僕にチケットが渡される、などという案もあった。しかし僕が到着したのは 10:30。そしてチケット売り場に行くと「もう遅い」天命であると考えると、ここには運がないのか? もしくは自力で舞い戻れというのか? いろいろな不安はしまっておいて、道は自ら開くもの。僕はここにいるだけ運がいいのだ。
 スタッフに電話しても出ない。当然だ。ピザを食べ会場のまわりを歩いていると、中国人がカーペット前に集まっている。何の映画だ? しばらく待っているとあの映画スター、ジャッキー・チェンが笑って登場する。うーん。これは不運とひきかえのプレゼントか?
 ジャッキー・チェンも引っ込んで「蟲師 (むしし)」の上映も終わった頃、スタッフに電話をするが、まったく通じない。何度電話しても日本の携帯に電話しても出ない。どうしようもなく帰りのバポレットの時間にもギリギリまで電話し続けた。これで最後にしようとした電話でようやく呼び出し音が鳴り、居場所を聞く。がホントに挨拶をするくらいの時間しかなく、正にトンボ帰り。何の力にもなれなかった憤りを、ここまで費やした自分の根性で覆いかぶせることにした。挨拶出来たスタッフからかけられた声だけが僕を癒してくれていた


レッドカーペット

2006年9月13日 (水)

ヴェネツィア国際映画祭 2

 上映日前日のリド。ヴェネツィアに入ったばかりの監督、出演者、スタッフが揃った中、全員で夕食をとっていた。そこではイタリアで映画を撮っている僕の紹介もあったような? 電車の遅れもあり結局その場には間に合わなかった
 場がお開きになって解散しようというところにかけつけると、そこにはオダギリジョーさん。そして後からわかったのだが大森南朋さんがいた。おそらく蒼井優さんもいたのだろうが、先日お会いした蜷川さんと阿部さんの派手さに目を奪われていた。
 プロデューサーの小椋さんはプレスや審査員向けの上映会に行ってしまい、他、誰が誰だかさっぱりわからない日本人グループに混じって、知人の K さんと 2 次会へと進む。ホテルエクセルシオールに入り、軽く飲みに入るが、誰と挨拶したらいいのかわからず立ち尽くす。大友克洋監督と同じテーブルに座った僕は、下手に声もかけられず話を聞いていた。
 アニメの巨匠が実写を撮った事に興味があった。落選してのインタビューで「いろいろ反省する点もあったが、最後の拍手はありがたかった。反省点? それは内証」とコメントしていたが、この飲みのときに言っていたのが (バラしていいのだろうか?)、完成品を見て「ここを切ればよかった」と思うところも多々あったそうだ。撮影期間中も「カット、OK」を出しても「本当にこれでよかったのかなあ」と絶えず悩んだらしい。人間大友を見た気がするとともに、僕らとも同じレベルで制作している事に共感を覚えた。生きるために生きている人とは話題探しが大変だが、こういう人たちとの話は、日常的に抱えているものが彼らとは異なっているから話が面白い。初対面で深い話をしても通じる。
 大友さんには大した印象も残せずリドを離れ、K さんともう一人のスタッフと打ち合わせに行く。K さんと会うのは 3 年ぶりだが、仕事ぶりを見るのは初めてかもしれない。彼のいる現場ならやってみたいと思わせられた。自由にやらせてもらえそうだったから。


リド島のホテル・エクセルシオール、ロビー奥のテラスにて
一番左が大友監督、隣りに奥さん、右端は蜷川さん

2006年9月12日 (火)

ヴェネツィア国際映画祭 1

 第63回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に正式出品されている映画「蟲師 (むしし)」スタッフに知人がいたので声をかけてもらえた。イタリアに来て5年、最初リドに行ったとき自分の作品で戻ってこようと思っていたら、思わぬ形で戻ってくることになった。
 知人は上映日直前にヴェネツィアに来ることになっていたが、プロデューサーが先乗りで来るという。久々の知人との再会より先にプロデューサーに挨拶を入れにサンマルコまでぶっ飛んで行った。
 ヴェネツィアに着いて連絡を入れると「食事をしよう」とレストランに案内された。レストランでテーブルに向かうと2人の女性が迎えてくれた。なんと一人は女優の蜷川有紀さん。そしてもう一人はアナウンサーの阿部知代さん。僕はなんちゅうところに出くわしたんだ? 4人でこじんまりとした中、話題の中心は何故か僕。TVのバラエティにでも出ているかの様に質問攻めにあった。
 映像の世界は基本体育会。体育会が嫌いな僕は業界が肌に合わないのは当然だ。僕の知人は厳しいものの中性的で人としての付き合いを尊重する。僕からすればかなり OK な人。そしてその彼の向こう側にいる人々も、多くを語らずともわかってくれるような、いい人ばかりだった。もちろん僕が外部の人間だというのもあろうが。。
 蜷川さんからは「相手の貴重な時間を割いて撮らせてもらっているのだから、彼らに報いるためにも美しい映像を残してあげなさい。失礼にならない様に」本気で当たれと。
 対して阿部知代さんからは日常生活の話をふられる。彼女は以前パリに住んでいたらしく「コシヒカリ」ならぬ「イタヒカリ (?)」というものが出回っていたらしい。日本食好きな僕もこれは知らず「いまはないと思いますよ」と答えると、すかさず蜷川さんが「興味ないのよ」これでカチンときた僕。何を言うんじゃコイツは? と思った次の瞬間、さすがのフォロー「映画にしか興味ないのよ」さすが修羅場をくぐり抜けてきた女優を思わせる言葉。プライドの高い人間の心のくすぐり方は天下一品だ。
 本当に短い時間の中、ろくな事も言っていないのに僕の現状をいろいろとわかってくれた。どう考えても普段とは異なる会話に違和感を覚えながらも、僕なんかに興味を持ってくれた事に感謝。そして出会いに感謝。僕の作品見てもらいますよ


映画「蟲師」公式ホームページ
「蟲師」〜ベネチア国際映画祭の旅

サン・マルコ広場横のホテル・ダニエリ、ロビーにて
左から阿部知代さん、池田剛、蜷川有紀さん、小椋悟さん

2006年9月11日 (月)

BUON COMPLEANNO!!!

 友人の誕生日パーティーに呼ばれた。イタリアでは誕生日の人の方が、みんなにふるまうというが、その通りまわりはイタリア人だらけのこじんまりとした食事をした。イタリア語が飛び交う中、その友人はいつも気を使ってわかりやすく言い直してくれる。ほんとにその気の使いようには頭が下がるばかりで、日本人以上にも思える。
 魚と野菜の串焼きや、焼魚がコロコロとたくさん入った器、生ハム、チーズ、パン。スカスカな感じで食べた気がしなかったものの、ジェラートからコーヒーまでもらって満足。彼氏の方がすべて用意していた。BRAVO!!
 プレゼントをみんな持ってきていて、時間がない中、僕も一応用意していた。服とかDVDとかおもちゃ等、ちょっとシャレたものを持ってきていたのに、僕は竹とんぼ。日本らしくていいだろうと持ってきたけど、僕のが一番安っぽくて「やっちまった」しかし意外にも僕の予想通り、その物珍しさにみんな夢中になっていた。ホッとした。
 いつも気を使ってくれる彼女に今日は BUON COMPLEANNO!!! 誕生日おめでとう!! 楽しかった!



2006年9月10日 (日)

チェントロ - Rimini 4

 街の中心の方に戻ってくると、通りにいまどきミシンの専門店を見つけた。いまにも雨の降りそうな天気で、人出も少ない。夜遅くまで遊んでいた人々は、まだまだしばらくは休んでいるのだろう。それでも土曜の朝だっただけに通常のメルカートが出ていた。そこいらじゅう埋め尽くされていて、目的の場所も覆われていくことができなかった。ワールドカップ優勝の余韻はいまでも続いていて、街にはアズーリのTシャツを来ている男の子が歩いている。それに触発されたのか? 僕もメルカートで売っていた安いアズーリTシャツを買ってしまった。それ以上は特別興味をそそるものもなかった街だった。僕は予定を切り上げて早めに帰途に着くことにした。



2006年9月 9日 (土)

漁師 - Rimini 3

 リミニに戻り、やはり海へと向かってみた。海水浴場はあるとは思うのだが、僕が向かった先は小さな漁船が無数にある場所だった。灯台もあった。ジェノバの漁師のような個人のボートよりも少し大きいタイプの漁船がたくさんあり、確かにこれならルカの言うように乗らせてもらえそうな気もする。
 そんな単純な撮影もどうかと考えてしまう僕は、ここの漁師を撮ることには気が乗らないでいた。興味本位で見させてもらう分には見てみたいというのはもちろんある。でもそれは撮影の主旨とは違う。それでもここにいるとまばらな人たちの声と匂いが何となく気を揉んでくれているように感じてくる。



2006年9月 8日 (金)

リゾート - Riccione 1

 寝た気にすらなれないリミニで、早い時間から駅へと向かった。近くの海の街リッチョーネに行ってみることにした。夜があける前から動いて、目的地に着く頃には徐々に明るくなるよう、時間を有効に使うことに成功した。リッチョーネは何があるのかはよく知らなかったけど、やはりここもバカンスの人々の訪れるところのようで、海岸には無数の日焼け用チェアが並ぶ。リドの海岸のようだ。気持ち悪いくらいの数があった。こんな小さな街にどれだけの人が集うのだろうか? 人出のない早朝ではまったくわからない。街自体はとてもきれいなところではあったが、シーズンに来たらうんざりとすることだろう。だったらよっぽどミラノにいた方がいい。



2006年9月 7日 (木)

夜のメルカート - Rimini 2

 レストランを出て夜の街を歩き始めると、人出がかなり多いことに気がついた。20時くらいはまばらな街並も 22時を越えたというのに、ミラノの夜なんかよりも活気づいていた。夜通しやるのではないかというくらい、出店には人がたかっていた。
 街の中心を越え門があるところへ行くと、ステージがありモダンダンスのようなイベントが行われていた。舞台袖は丸見えで、出待ちの出演者がいまかいまかとそわそわしている。もう少し回って舞台真裏側に行けば、ステージ下で衣装のままヤニを食らっている女の子がいた。
 音がうるさいのは、このステージだけではなく、門の向こう側からも騒がしい音が聞こえてくる。当然つられてそちらに向かう。もうかなり遅いというのに、通りにはテーブルと人々の飲み騒ぎの声。しかもかなりの人。子供も走り回っている。しかもずっとそれが続いていて、道の奥ではライブをやっているバンドがいた。
 この時期のミラノの夜は静まり返っているというのに、リミニのこの活気。きっとこれがバカンスに行く人が集うところなんだろう。それをイタリアに来て初めて悟り、初めて体験した。
 こんな街の寝床などどこも満杯だろうし、あっても高いだろう。なんてことものっけから考えてはいなかった。恒例の自然寝床を探しを始めた。街の中心の公園にしようと思ったものの、隣りのベンチに黒いのが座っているので、別の場所に移動した。
 明かりが強いが、人通りは少ない。この暑い季節なのに夜中はやはり寒くなる。荷物やポケット、メガネも取られないかと気になる。人が通る度に目が覚め、寝ているはずなのに疲れる。そして極めつけはベンチの真下にあったスプリンクラー。突然水をまきはじめて、別のベンチに移らなくてはならなくなる。しかもそのあと一時間くらい動いていた。少しながらも水かかってしまうので、まったく寝た気がしなかった


2006年9月 6日 (水)

I 4 Moschettieri - Rimini 1

 ラヴェンナから各駅停車の国鉄で一時間。アドリア海沿いのリゾート、リミニに着いた。地方の小都市の小さな駅にしては人の出入りが多く、時刻表を見ても一日中鉄道が走っている。バカンスシーズンで人々がここを訪れているというのがあるにしても、妙に活気づいている。街のだいたいの様子を把握するように、サッと歩いて回って腹ごしらえをと、通りすがりのレストランにフッと歩み寄る。
 ちょっと入った路地にある小さなレストランは、客入りもまばらで静か。いかにも家族経営のような雰囲気がただよう。海沿いであるがゆえ、やはり今回も海鮮ものを注文することにした。

Spaghetti allo scoglio - 10.00
Insalata mista         -  3.00
Acqua gassata          -  1.30
Coperto                -  1.50

 Spaghetti allo scoglio は甲殻類の入ったスパゲティのこと。ムール貝とエビ、タコなどが入って、味付けは薄め。濃い味でガッツリいきたかった僕としては、ちょっと消化不良。それをカバーするように付け合わせの野菜はおいしかった。このあとのことを考えるとやはりパワーはつけておかないといけないと考えるのであった。



I 4 Moschettieri
Via Santa Maria al Mare, 5/7
47900 Rimini
0541.56496
無休

2006年9月 5日 (火)

koko - Ravenna 7

 工房へ着くと見慣れない顔ばかりだった。僕がはじめからわかったのは日本人の女性だけだった。前に来たとき工房の中でもサングラスをかけていたルカは素顔だったことに気付くのに数秒かかった。あとは練習に来ていた生徒さんのようだった。
 アリアンナが途中からやってきたものの、前回の白衣とは打って変わって普段着にサングラス。これまた気がつくまでに 30秒くらいかかった。しばらくしてアリアンナが創りはじめた海岸をモチーフにしたモザイクがかなりきれいで、気に入ってしまった。さすがに自分で目を付けた職人さんである。ビー玉のようなガラスを埋め込み、バックにも色を付けて手が込んでいた。急ピッチで製作してはいたが、時間が押してきて完成まで見届けることもできず、写真を送ってくれと頼んだ。


完成品はこちら →「GLI ARTIGIANI

2006年9月 4日 (月)

SCAMPI DI SAN VITALE - Ravenna 6

 ラヴェンナに来るときはいつも朝一の列車でミラノを発つのだが、工房を訪れるには中途半端な時間にしか着かない。だからいつも昼をとってから工房に向かう。今回はサン・ヴィターレ教会の裏にある海のレストラン。ラヴェンナも少しいけば海があるので、新鮮な海の幸を食べることにした。

garganelli con zucchini e gamberi - 7.50
Insalata mista - 4.00
Acqua gassata - 2.00
Coperto - 2.00

 時期的なものもあったのか、とても静か。レストランのパンフレットにも出ている女性がきりもりしている。ガルガネッリというパスタは初めてだったので、どんなものが出てくるのか楽しみにした。ペンネのちょっと変形タイプで特別面白いわけではない。エビとズッキーニのパスタはミラノで食べたときのように濃い味付けで僕にはバッチリ。残ったソースもパンと一緒にすべて食べ尽くした。



SCAMPI DI SAN VITALE
Via Pier Traversari,35
48100 Ravenna
0544.219.475
346.231.4358
http://www.scampidisanvitale.it/
月曜定休

2006年9月 3日 (日)

マンジャ!! - Siena 3

 シエナの街の中心に戻り、マンジャの塔へ登る。前回は天候の影響が出て行けなかったが、狭く人の多い階段を登って頂上まで向かう。僕は高いところは苦手。イメージする事が得意なので、足の下に何もないことを考えると、ちょっとした異変で自分がどうかしてしまう危険にさらされている事に踊らされる。頂上に行ってもはるか地上を見渡せるような階段を登るのもビビっていた。壁越しに右手に持ったカメラを突き出し、地上を撮影するが、少しでも身を乗り出せば恐ろしい。それどころかカメラが落ちてしまうことにすら恐れを成していた。
 それでも何事もなかったかのように撮りきれた美しい写真に心癒され、予定より早い家路につく。どうやらここシエナはいつでも心身ともに疲れさせてくれる街のようだ。


2006年9月 2日 (土)

VIRI - Santa Rocco 3

 テッラコッタの店にもあったレストランのカード。サンタロッコの中心にあり、着いたときにすでに気になっていたので入ってみることにした。当然 12:00 のオープンにあわせて行った。にもかかわらず入ってみるとまだ準備中。座らせてはくれたものの、オーダーを取るまで待ってくれと。田舎だけにペースがゆっくり。ここも家族経営だろう。外の方が気分的にはいいのだろうが、とにかく暑い日だったので屋内で食べることにした。
 こっちは急いでいるのに余裕たっぷりの接客をしてくる。昼だから軽くというのもあるが、ケツカッチンだからパスタを一品だけ頼むことにした。水を頼むと問答無用で 750mlが出てきた。でもこの日は充分だった。がぶがぶと水を飲み干しパスタが出てくるのを待つ。
 でてきたのはマトリチャーナのペンネ。名前はマトリチャーナだけど、モノはアマトリチャーナ。この一日、パニーノしか食べてない体には、食べられる事の幸せが満ちあふれてくる。そして濃い味付けの肉パスタ。どんなもんかいこのレストランと思いきや、このウマさには叩きのめされた。とてつもなくウマかった。サンタロッコなんぞに行く人はいないだろうけど、ここはオススメ

Penne alla matriciana - 5.90
Acqua gassata         - 1.30
Coperto               - 1.30

 無造作に並べられているワインも簡単に手に取ることができるような配置だった。ホールに誰もいないとき、カバンに一本くらい入れて帰っても、誰にも気付かれないだろう。そんな自由な雰囲気だったのも、おばちゃんカメリエラ愛想の良さも満点。気分よく帰れた。



VIRI
Piazza della Repubblica, 16-17
53010 Santa Rocco a Pilli - SOVICILLE(SI)
0577.347757

2006年9月 1日 (金)

隠し撮り失敗 - Santa Rocco 2

 工房から戻る道中、さすがに暑さで倒れそうになり、なんとか日陰を見つけて座り込んだ。それでも心地よい疲労感に撮影のプランを考える余裕もまだあった。工房へ行く途中に道を尋ねたオッサンたちを撮っていなかったことを思い出す。ここサンタロッコのストーリーを語る上で大切なシーンであったことに気がつき、なんとか撮り直せないかと方法を考えていた。街の中心まで来て、道の段差に腰掛け、人の表情を眺めながらイメージしていた。
 もう一度同じ質問をすればいい。すでに行ったことのある場所だが、あえて知らない振りをしてもう一度道行く人に訪ねてみる。これはやらせのような事実だ。しかしやるならここでしかできないことでもある。本編で使うかどうかは別にしても、結果はどうであれ、とにかくやってみることにした。帰りの時間と相談しながら、バスの時間と昼食の時間を逆算してギリギリまで動いた
 声をかけられそうな人はなかなか現れなかった。オッサンのたまり場などは、事が大きくなっても大変だ。車から降りてきた人に聞いてみるのも一つ。店の人に聞いてみるのも一つ。ただどれも決定打がなく、ただたださまよっているばかりだった。中心から外れた緩やかな坂を登っていくと郵便局があり、そこから出てきた親子がいて、迷わず声をかけた
「そこはここから 3kmだ。そこまでどうやって行くんだ?
「何もないから歩いて行くしかない」
「歩き!? アホか! いいから乗れ。連れてってやる
 あまりにも唐突で意外な展開に驚いてしまったが、彼らの帰り際、僕を車に乗せて現地まで送ってくれようとしてくれた。ひからびてしまうほどの天気と距離である。そんなことは彼らも承知していたのだろう。こんなことなら最初からこうなっててくれたらよかったのに。イタリア人もいいヤツはとことん親切である。ここは田舎町だからよけいそうだったろう。
 撮っている事に気がつかれないように、モニターは閉じていた。カメラを回すタイミングがずれ、あとになって誤って操作していた事がわかり、一部始終はまったく撮れていなかった!! 前回シエナに来たときも同じく撮れていなかったことがあった。恐るべしシエナ。
 まだ次を探してみてはいたが、次第に短いリミットは近づいてきた。結局このシーンは撮れず、そのまま昼食をとる事に。


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