イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

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2006年1月30日 (月)

聖火リレー2

 しかし何はともあれ走者は誰であれ、聖火とご対面できたのは僕にとって想像していた以上に楽しかった。もうただのミーハーになっていて、まわりの少数の野次馬と一緒に走って追っかけていた。気がつくと隣りの駅まで走っていた。平和の祭典といわれるだけに心は平和で満たされた気がした。でもアルマーニとシェフチェンコまでリレーをしていたのは知らなかった。


Viaggio della Fiamma Olimpica - Torino 2006


 ところで聖火リレーも盛り上がらないイタリアという国。日本から来る人たちからも「オリンピックグッズはどうしたら手に入れられるか」と聞かれるが、そんなことはこっちが知りたいくらい。だいたい日本の人たちはマスコットすら知らないのではないだろうか? ネーベ (雪) とグリッツ (氷)。こちらでは直前になってもテレビで取り上げることすらなく、当地トリノですら盛り上がりが薄い。僕はピンバッジは買ってきたもののグッズなどはほとんど見かけなかった。日本国内が盛り上がっていても知ったことではないし、僕にとってはどうでもいいことである。きっと日本人にはウソのように思われるかもしれないが、これが現実であり逆に言えば僕が理想としているスタイルである。
 最近よく言われることではあるが、オリンピックも商業主義的になりつつある。日本からは浜ちゃんや中居君などがミラノにも来ていたようだが、日本は必要以上にマスコミが取り上げて書き立てる。メディアはオリンピックを取り上げておけば、率がとれる部数が出るアクセスがあがる。だからしなくてもいいくらいにあおりまくる。
 別になければないで困ることはないのに、人々の話題はオリンピックになってしまうからついていかざるを得なくもなる。スポーツを見たいわけではない。みんなの話のネタのオリンピックに疎くてはならないだけなのである。
 人々のおさめる税金をつぎ込んで商業主義的に走る大会にはそっぽを向いているイタリア人たちなのである。ベルルスコーニ首相も開会式には参加しない。もともと都市国家の集合体のこの国では別の都市のことなんて気にならないのであろう。オラが国オラが街という人々である。だからこそよけい街同士の対戦の象徴とでもいうべきカルチョの方が盛り上がるのであろう。新聞もテレビも 9割以上サッカーのネタである。
 商売に走らず、人々の情報に左右されず、流行など気にしない、独立独歩、自分の生き方を大切にするイタリア人は、人間らしいと思う。これが僕がイタリア好きになる理由であろう。


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コメント

私は、流行も好き。でも、それだけを追うのは嫌い。知っていたいとは思う(仕事上話題づくりとしては必要だし)だけど、すべてとりいれたいとはまったく思わない。年齢を重ねていくうちに、自分が何が好きで、何が似合うのかが少しずつわかってきた。
オリンピックは、確かに日本ではものすごい盛り上がり。メダルメダルというあの盛り上げ方は嫌い。でも、選手のひとりにスポットがあたって、癌と戦った人や、選手生命がなくなったといってもいいくらいの手術を受けた人、年齢的に厳しいと言われた人、いろんなどん底から這い上がった選手がいることを知った。中でも印象的だったのは、「私は、確かに苦が多いかもしれないけど、私は、それを乗り越える能力があるから」というような言葉だった。私も、そんな風に苦をはねのけていきたいと思った。

 加藤選手のコメント見たけど、アスリートは結果の世界だからね。答えがはっきりしているだけに実力をいくら持っていても評価されない。ただそういう人たちのサイドストーリーは面白いだろうね。僕のドキュメントもある意味そういう部分を取り上げているわけだし。そう考えたらパラリンピックの方が面白いかもな。イタリアでのオリンピックの取り上げ方は日本でのパラリンピック的な扱いなのかもしれない。というか世界陸上とか (サッカーではない) ワールドカップ的な感覚なのかな? イタリア人はオリンピックに無関心というより自分のことがものすごく好きな性分のような気もする。
 アルマーニはスポンサーなのか? シェフチェンコやオノヨーコも平和という大義名分の上に引っ張りだされているようにも見えた。なんだかここまで大きい大会になると本質がどこかに消えているようで、競技を見るのは面白くても、大会自体色あせて見えてしまうのが哀しいです。

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