イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

    メール希望の方はこちらまで

    about.me

フォト

イケピー作品掲載

  • クレモナのお店のショーウィンドウを撮影
  • 石井高さんのポートレート撮影

他のアカウント

カテゴリー

ブログパーツ

  • ikepをフォローしましょう
無料ブログはココログ

« 見たことのない世界へ | トップページ | ロッテの強さ »

2005年10月18日 (火)

僕がマック派なわけ

 正にここに凝縮されている。
 自分の言葉に言い換えてみるのであれば「映画は人の心を打つための手段であって、ただ単に余暇を満喫させるエンターテイメントではない」
 ホントの真意をずれて見られがちな部分をいちいち指摘していかないと勘違いされてしまう。人の心というモノはとても移ろいやすいものである。一本気に通している人間など、世の中で成功している人でもほとんどいないであろう。僕は今より若い頃から目指していることに変化はない。その手段は変えてはいても終着点を変えたことはいままで一度もない。
 スタイルを変えないということは、柔軟でないということではない。自分の芯にあるものを変えない限り、そのための活動はいくらでも変化に富ませる必要があり、そうしないと前進しない。変えてならないことは心の真ん中にあるものである。どうしようとしているかである。人の心はこの部分をないがしろにしやすい。
 純粋でピュアで何も間違っていないことを人は他人からの揶揄された言葉によって変えてしまいやすい。それは簡単なことだがキープさせるのは難しいことのようである。僕には容易いというか、それが当然なので変えないことに何も感じない。自分の名前が池田であることに何の異論もないことと同じである。

 人はとかく表面的なことで判断しがちではあるが、人々にはそうさせつつも、真意を知ったときにはさらに驚愕させられるようであればそれは愉快なことだ。


●動画に対応しても、iPodのデザインを変えなかったのは、なぜ?

 「iPodは音楽を楽しむためのデバイスであって、ビデオプレーヤーではない」とイング氏。だから、iTMSでは、ミュージックビデオやショートムービーなど、音楽を聞く楽しさを邪魔しない程度の動画を扱う。本格的な長編映画をiTMSで提供するようなことは、当面考えていないという。アップルの真意は決してデジタルコンテンツのプロバイダになることではないようだ。

 「iPod」はミュージックプレーヤー、という考え方は、そのデザインにも現れている。今回の動画対応で確かに液晶ディスプレイは大きくなった。しかし「iPod」としての基本デザインは変更されていない。発表前にネットで飛び交ったさまざまな憶測の中には、本体前面をおおうようなもっと大型のディスプレイになるとか、クリックホイールではなくビデオ操作に適したインタフェースに変わるといったものもあった。

 なぜデザインを変更しなかったのかをイング氏に問うと、「iPodのデザインは、すでに1つのアイコンとして認知されているから」との答が返ってきた。「iPod nano」が発売から17日間で100万台を売ったのも、あのサイズ、薄さで、「iPod」としてのデザインや操作性を実現しているところにあるからだ、とイング氏は分析する。

« 見たことのない世界へ | トップページ | ロッテの強さ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 見たことのない世界へ | トップページ | ロッテの強さ »