イタリアンスマイルズ

  •  こちらのブログはイタリア在住の映像作家池田剛の撮影する映像とエッセイを掲載しているものです。製作中の映画「GLI ARTIGIANI」の映像を始め、イタリア各地の心温まる映像ビデオポッドキャスティングという形でお届けしています。

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2005年7月15日 (金)

新たな思考

ごくごく日常的な風景の中でたまにあること。それこそスーパーでの買い物の帰り際、出口の自動ドアが開かずに立ち往生していたとき。風景の中から浮き上がって見えるものに、当然のように目がいってしまうものである。僕も決して背が低い方ではないが、少なくとも僕の腰くらいまで股が切れ上がっている。そんな女性がスーパーをうろついていたわけである。普段はあまり気にしないことだが「やっばりミラノに住んでんのかな?」なんて思ったりもする。ま、こんな街だけど確かにいかにもモデルみたいなのに出会うこともなくはない。もちろん端から眺めて「きれいだなぁ」でおわるのだが。
 そんなのはどうでもいい話なのだが、ふと感じたことがある。どうしようもないことだし、先人から聞いていたことだが、記憶力が劣っていっている。これは事実であり、自分でも否定はできない。取り戻したくてもできない。
 それはもう受け入れてはいることなのだが「ハッ」と思わされたのは、脳の発想力の衰えである。なにかしらモノを創りだすわけだから、いろいろと考えていく中で、試行錯誤してフル回転はさせているものの、思考回路というものは年とともに固定化されていくもののようである。経験則とでもいうのであろうか?こういう流れで来たら、こうしたらいいという一連の流れが自分の中に出来上がっているのである。いままでになかった突拍子もないモノというのは出てこなくなってきている気がする。
 子供の頃は何もかもが新しかった。見るもの感じるもの、一つ一つが勉強で成功も失敗も悲しみも悔しさもいろいろとあった。いまではそのマイナスの感情ですら、うまく整理することのできる強さのようなものを携えている。それはいいことなのか悪いことなのか?
 いろんな国をまわって、いままで見たこともない新しい体験をしようとしているのは、ある意味、そういった刺激を求めているのであろう。
 店頭のディスプレイを見て、もっとよくできるんではないかと考えたとき、それ以上に発想が生まれてこなかった。いまの自分の限度がこれである。

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